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2014年3月

鷲の巣山へ

23日(日)は久しぶりに久慈の山へ。

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上小川駅で下車します。最近は気動車もきれいになりました。なんか黒い雲がいて、あれあれいい天気じゃなかったの?

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しばらく歩いて久慈川を渡り、山造バス停が登山口。ちなみにバスは平日のみ朝夕2本なので利用は無理でしょう。

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茶畑の中を登ると、地元のおばあさんが一人佇んでいました。その付近からは近くの山が眺められましたが、よく来ているのでしょうか。
登っていくと岩っぽい尾根になります。小粒だけれど、なかなかの山。

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岩峰からは久慈川の眺めを楽しむことができました。

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ちょっと肌寒い風が吹いたと思ったら、雨粒がおちてきました。雨具は持っていたけど、まさか使うのかと思いましたが、しばらくすると止んでくれたので助かりました。登り付いたところは旧山頂。道標がありました。

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袋田方面への下山道を分岐し、少し進めば鷲の巣山の山頂。祠がありました。手前に3人のグループがいて、太郎山まで行くのか聞かれましたが、そんな気はありませんでした。

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少し戻って下山の尾根に入ります。かなり急な下りですがトラロープがあります。

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かなり下ったところの道標。若干わかり難い感じの部分もなくはないですが、テープがたくさん付いているので問題はありません。曲がり角には必ず道標がありました。

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暗い樹林を抜ければ登山口でした。

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天気が今ひとつですが、車道を歩いていると遠くに男体山の稜線を見ることができました。右下は梅が咲いていました。

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袋田駅に着くとなぜか天気がよくなってきました。

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伊豆長岡温泉 あやめ湯

奥沼津アルプスの帰りは伊豆長岡温泉に出て、あやめ湯で入浴。

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ほんとは長岡南浴場に入浴しようと温泉場バス停で下車したのですけど、入浴時間が3時からということでした。まだ1時30分前ということもあって、諦め。近くに入浴できる施設があったのですが、入浴料が高額でとても登山者が気軽に入浴できる施設ではありませんでした。

ということで調べておいたあやめ湯に行ってみることにしました。バスに乗るほどではないかなとのんびり歩いていくと、温泉街から少し離れて、再び古奈温泉という少しこじんまりした雰囲気のある温泉街に入ります。すぐに見つかるか心配でしたが、路地をのぞくとすぐに見つかりました。見るとのれんがかかっていたので一安心。営業時間は午後は13時からでした。

入浴料は300円と安いです。券売機で券を買って渡します。
ロッカーを使うか聞かれたので、使いたいと言うと、ロッカーの鍵を渡してくれました。無料でした。

そんなに大きくはない内湯があるだけのシンプルな作り。アルカリ性単純泉ということですが、結構たっぷりとお湯が掛け流されています。お湯には少し塩素臭がありますが、嫌というほどではありません。お湯はちょっと熱めで、とても温まります。浴後のすべすべ感もあり、なかなかいいお湯でした。

演歌が結構な音量で流されているのにはちょっとまいりましたけど、建物は古いにも関わらずとてもきれいに清掃されていて、好感が持てます。地元の人に愛されるお風呂のようでした。

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奥沼津アルプス

21日(金)は奥沼津アルプスへ。

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伊豆箱根鉄道駿豆線の原木駅が出発点。

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しばらく歩いてから取り付きます。風がちょっと冷たい感じでした。登っていくと128mの付近に茶臼山の表示がありました。

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トラロープの急登などを頑張ると大嵐山(日守山)。展望台のようになっていて、富士がきれいでした。

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山頂には植栽と思われるスイセンがありました。少し汚れ気味ですね。

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大平山に向かって歩いていきます。途中からは左に眺めが広がります。もう下の方はわずかに緑が出ていて、芽吹きが始まっているようです。

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かなりの急登もあったりします。風の吹く場所に着くとそこは新城への分岐点でした。

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岩場を梯子で下って巻いたり、トラロープで登ったりしながら進んでいきます。途中の小さな岩からは目の前に大平山が見えます。

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最後は急登続きです。頑張って登ると大平山の山頂。ここは来たことがない、と思い込んでいたら、後で調べると13年前に来た山頂でした。覚えてないや。

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山頂からは、ちらりと海が見えました。

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多比口峠に向かって下ります。途中からは沼津アルプスの山なみが見え、その向こうには富士山。何度みてもいいですね。

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気がつかないうちに多比口峠を過ぎていて、気づくと鷲頭山への登りになっていました。岩っぽい尾根をこなし、登っていくと鷲頭山。大きな木と祠がありました。人もたくさん休んでいました。

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山頂からは駿河湾も見えます。南アルプスも見えそうですが、雲の向こうですね。

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多比口峠に戻ります。今度はきちんと見つけました。

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多比のバス停に下りました。伊豆長岡駅行きのバスは、30分に1本程度ですが、調べておいたおかげで約5分の待ちで済みました。

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藪山迷走

のんびり起きた朝は近くの藪山へ。ということで16日(日)は五日市の藪山へ。

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八王子からのバスを影沢で下車します。

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地形図の神社記号に向かい、沢沿いの踏み跡を辿ると登りになって、途中には蛇像が置かれていました。

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さらにじぐざぐに登れば着いたところは金比羅山。

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踏み跡を辿っていくと、天合ノ峰に着きました。

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きれいな三等三角点が置かれていました。

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先へ進みますが、途中には分岐もあってわかり難いです。小さなピークに着きました。

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土地区画整理の基準点がありました。そのうちには住宅地などに変わってしまうのかも。

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右往左往して戸沢峠への道を探しましたが、結局は失敗して天合峰トンネルを抜けた先の近くに降りてしまいました。納得が行かないので車道を歩いて戸沢峠へ。

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急な登りを頑張り、尾根を進むと一度は来た場所に出ました。そのまま進んで基準点のあるピークまで行きました。

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影沢に戻ってもよかったのですが、やはり再び下ってみようと同じ尾根を戻ります。しかし、さきほど登ったところなのに、もう間違えそうになります。ここは入口は踏み跡もなく、非常にわかり難いです。急降下は踏み跡がありますが、気をつけなくてはいけません。

戸沢峠に戻った所ですでに2時。短いですが、この辺で打ち切りとして戸沢バス停に下りました。

もちろん登山者には誰にも会わず、藪山で遊んだ一日でした。

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座間谷戸山公園から秋葉山古墳群

15日(土)は良い天気と暖かい空気に誘われて散歩に。

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小田急線座間駅で下車してまずは座間谷戸山公園へ。早咲きの桜がそろそろ咲き始めていました。

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伝説の丘へ向かうと丹沢を眺めることができます。残念ながら雲がちょっとかかり気味でした。

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遠くにうっすらと見えるのが箱根の山でした。

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わきみずの谷に下りました。あまりにも整備されていると湧いているのか水道の水を流しているのか分かりませんね。

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水鳥の池があり、確かに鳥が結構いました。望遠レンズを持ってきて、バードウォッチングするのもいいかも。

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里山っぽい風景ですね。

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住宅地を延々と歩いてたどり着いたところが秋葉山古墳群。国指定史跡だそうです。古墳がいくつもあります。写真は2号墳。憲政碑が立っていました。

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これは2号墳から3号墳を見たところ。

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古墳を離れ、しばらく歩いて龍峰寺に着きます。なかなかのお寺で1340年創建、1928年にこの地に移ったようです。境内にはミツマタがあり、少し咲き掛けていました。やはり春ですねぇ。

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少し下ると弥生神社。大きなビルが邪魔していますが、大山が見えます。やはり少し雲がかかり気味でした。

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また歩いて相模国分尼寺跡。広い場所です。

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庚申堂があり、その手前には石仏と庚申供養塔が2基。左の石仏は延宝八年(1680年)と書かれていて、330年以上経っているという古いもの。真ん中は宝暦十年(1760年)なので石仏よりは新しいですが、それでも十分に古いです。右側は残念ながら年号などは壊れかれていて読めませんでした。

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さらにしばらく歩くと、相模国分寺跡。とても広い場所です。地元の子供などがボールなどで遊んでいて、遠い時代の事はあまり感じられませんでした。

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これは塔の跡。七重の塔があったそうです。

海老名駅まで歩きました。

番外編:

久しぶりに帰りは祖師谷大蔵で途中下車。

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そしがや温泉21の温泉に浸かってから温まって帰りましたとさ。

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入山料に思う

もう随分長いこと購読している、「山の本」という雑誌のNo87、2014年春を読んだ。

大内尚樹氏が富士山の入山料について書いている。
「しかし、本当にオーバーユースを防ぐなら、入山料でゴミ処理やトイレ整備をする以前に入山制限を実施すべきだ。」と。

まさに言いたいことが書かれている。
入山料は確かに多くなったゴミや環境を守ろうとするためなどに対する料金ではあると思うが、本当に環境を守ろうとしているものとは思えない部分がある。それに本当にこれらの料金にすべてに当てているのだろうか。もちろんまともに頑張っている人達はいると思うが、どうしても既得権益という言葉が頭に残ってしまう。

しかし、入山制限をすれば観光にダメージがある。絶対にこんな意見に賛成する地元の人はいないに違いない。従って、よほどの事がない限り、こんな事が行われることはまずあり得ない。

最近は弾丸登山に対する風あたりが強い。これについても書かれていた。
確かに今まであまり登山をしたことがない人についてはこのような登山は体へ負担がかかるし、危険も多いことは十分に理解できる。

しかし、本当に山登りの経験がある人については、これに当てはまるのだろうか。
特に最近の夏季の昼ごろの暑さは温暖化でひどい状態で体にコタエるものがある。富士は高山だから、平地に比べればかなり涼しいが、それでも天気の良い昼間の直射日光はかなり厳しい。だから夜間の涼しい時間に登るのはある意味、体への負担を避けるよい登山手段であると思う。ただし、徹夜による登山はもちろん別な意味で体への負担があることは言うまでもない。

どうもこの弾丸登山への批判は山小屋などへの宿泊に伴うお金の問題が絡んでいるようにしか思えない。そういう思いがまさに大内尚樹氏の文章に書かれていて、頷けるものであった。

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栃木の里山(唐沢山)へ

9日(日)は久しぶりに栃木へ。

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東武線で館林で乗り換え、東武佐野線に乗って佐野で下車します。
城山公園口を出ると、梅が咲いていました。

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道路歩きが続きます。県道を歩いて唐沢山公園線に入り、さらに歩いていくと、先の方に見えてきたのが唐沢山。

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露垂根(つゆしね)神社でお参り。

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山道を緩やかに登っていきます。唐沢山頂には唐沢山神社がありました。

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ここは平将門を滅ぼしたと言われる藤原秀郷が居城を構えた関東七名城に数えられる唐沢城があったところで、この石垣は当時のものだそうです。本丸跡が唐沢山神社になっています。

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わずかに下ったところが二の丸跡。広場で駐車場にもなっていました。

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何度か林道に出たりしながら歩いていきます。ちょっと風は冷たいものの、日当たりのよい道は、久しぶりのポカポカと暖かい山道でした。

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途中からは雪を抱く山が見えます。日光白根山あたりでしょう。

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意外にアップダウンがある山稜です。でも、ハイキングコースはほとんどピークは巻いてしまうので、そんなに大変なコースではありません。写真の先のピークも巻いちゃいます。

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歩いていくと京路戸峠。右にも踏み跡があったけど、昔は本当にここを越えて歩いていた人がいたのかな。左へ多田駅へ下るつもりですが、そのまままっすぐ進みます。

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途中で村檜神社への道から離れ、諏訪岳に登ります。意外にきつい登りです。山頂には石票が埋まっていました。三角点かと思ったのですが、石の周りを回ってみても三角点の表記はなく、まわりが崩れている感じ。基準点成果等閲覧サービスで検索すると、「処置保留」となっています。どうもこれは三角点ではなさそうです。ここは四等三角点らしいので、大きさ的にもあってなさそう。でも、なんの石票なのかな。

悪くない眺めでしたが、残念ながら日光方面の雪山は見えず、遠くの低山と町並みを見るだけでした。

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山頂から京路戸峠に戻ろうとすると、登る途中では気づかなかった良い眺めが。男体山など、日光連山を眺めることができました。

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京路戸峠から下ると、さすが里山。あっという間に下ってしまって、峠から10分ほどで道路に出てしまいます。まっすぐ歩いて橋を渡ったところから振り返ると、もう諏訪岳が遠くなっていました。

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多田駅はとてもローカルな駅。パスモの改札機と乗車証明用の印字機があるだけで、切符の自動販売機もありませんでした。1時間に1本程度の運行。運よく7分ほどの待ちで済みました。

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板橋散歩

雨の日は散歩。ということで1日(土)は板橋付近を散歩。

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板橋駅東口を出ると、正面左に近藤勇と新撰組隊士の供養塔がいきなりあります。こんな駅の近くにあるのはびっくり。もともとこのお墓ができたのは明治9年だそうです。板橋駅の開業は明治18年だそうですから、後から駅ができたようです。

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しばらく歩くと加賀公園。ここは加賀藩前田家の下屋敷があった場所ということで、庭園にあった築山の跡だそうです。

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山を登り、その先へ下ると説明版が何やらあります。読むと、このあたりにあった板橋火薬製造所内を通る電気軌道(トロッコ)線路敷跡ということでした。隣の研究所の敷地になりますが、確かに平地が残されていて、それらしい感じです。走りながら鐘を鳴らすので「チンチン電車」と呼ばれていたと書かれていて、子供の頃、よく路面電車を見ると、そう呼んでいたのを思い出しました。

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しばらく進むと加賀西公園。マンションに囲まれてしまった、とても安らげる空間ではない公園ですが、ひっそりと圧摩機圧輪記念碑が置かれています。ベルギーからの輸入もので、明治9年から39年まで実際に火薬の製造に使われていて、大正時代に設置されたものだそうです。

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さらに歩いて東光寺。寛文二年(1662)の庚申塔があります。約350年経っているのですね。

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鳥の糞の影響もあって、ちょっととぼけた感じのお顔に見えますが、江戸時代の石造地蔵菩薩坐像だそうです。

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かなり歩いて旧中山道を歩きます。寛文元年の庚申塔や板橋平尾宿脇本陣跡など、いろいろスポットを見て、先へ行きます。行き過ぎて板橋まで行ってしまい、戻って本陣跡を探します。ようやく見つけましたが、民家の入口にひっそりと置かれていて、よくよく探さないと見逃します。

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文殊院で閻魔大王を見た後、仲宿脇本陣跡を見ますが、そこもマンションの手前に石碑が残されているだけです。石神井川に出ると、そこが板橋。地名の由来になった橋だそうです。

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さらに先へ歩いていくと縁切榎があります。説明版によると男女の悪縁を切りたいときなどに榎の樹肌を剥ぎ取り煎じ、ひそかに飲ませると願いが成就するということで信仰を集めたそうです。最近では、難病との縁切りや良縁を結ぶという信仰も広がったと書かれていました。実際、数人の若い女性が願掛け待ちをしていましたので、静かに立ち去りました。

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智清寺に入ると、双体道祖神らしき石仏が置かれていました。

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木下藤吉郎出世稲荷大明神があります。せっかくなので、出世するようにお参り。

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すぐ近くの日曜寺には梅がよく咲いていました。

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中板橋駅を見て先に行き、下頭橋のところに六蔵祠があります。橋のたもとで喜捨を受けた六蔵の金で石橋に架け替えられたということから建てられたものだそうです。

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歩いて轡神社。小さな神社です。徳川家康が馬を休め、後に残された「くつわ」を祀ったからとも言われているそうです。百日ぜきの霊験があるそうです。賽銭箱は木でできていてかなり古く、投げ入れても落ちないほどでした。

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大山ハッピーロードの入口を曲がると大山福地蔵尊。このあたりに住んでいて多くの難病の人を救った「お福さん」を祀ったお地蔵様だそうです。

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随分歩いて宗仙寺。1677年に河内国で創建され、1888年に現在地に移転したそうです。

のんびり歩いて板橋駅まで戻りました。

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惣岳山青渭神社の読み方

先日、山の神と勘違いした、惣岳山の水場。

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真名井天神の水場とされ、青渭神社とも関係がありそうです。
で、水場とは関係ありませんが、ふと気になった「青渭」の読み方。
一般的なガイドなどでは「あおい」となっています。

ハイキングペンクラブ「奥武蔵」をぺらぺら見ていたら、
惣岳山青渭神社の「青渭」に「あおぬま」とふりがなが振られていました。

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(2013年2月撮影)

気になって調べてみたところ、
岩根常太郎さん「奥多摩渓谷」の奥多摩地名発音表にも「あおぬま」となっていました。
鉄道省山岳部編「日本山岳案内Ⅱ 奥多摩の山々 甲武相国境の山々 奥武蔵の山々」でもやはり「あおぬま」になっています。
残念ながら宮内敏雄さん「奥多摩」(復刻本)ではふりがなが振られていませんでした。

おそらく「あおい」とするものは稲城市の青沼や調布市にある神社と同じ漢字のため、呼び方も同じと考えられたからではないかと思われます。

まあ、地名などは時代によって変わるので、一概には言えませんが、こうして戦前の古書を見てみると、「あおぬまじんじゃ」の方が正しそうに思われました。

地名や山名は読み方が難しいものが多いから、なかなか探るのも楽しいものですね。

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