雪の矢の音へ
31日(土)は矢の音へ。

いつもなら歩くところですが、5分ほどの待ちでバスがあったので底沢まで乗りました。
溶けた雪が上から雨のように降り注いでいました。
照手姫の看板があります。先へ進むと再びありましたが、残念ながら同じ内容でした。
照手姫の木像。屋根がこいの下にありました。
一本の木を彫ったように見えますが、かなりの太さの木を使ったのでしょうね。
沢沿いに少し先へ進むと七ツ淵の表示。わずかに水が流れているだけで淵というほどの場所ではなかったのでちょっと興ざめ。
取り付きには71と書かれた水源の森林の杭がありました。
以前は作業道だったらしく、そんなに木段は古くなさそうですが、すでに潅木が生えていて藪道になっていました。
上部になれば普通の尾根道になり、作業道らしきものもありました。ひたすら登っていくと孫山に着きました。
明王峠方面に向います。途中には大平の小屋。
矢の音分岐に着くと、矢の音に向う道は誰も歩いていませんでした。別にあてもなかったので、急遽、矢の音に向うことに。写真では分かりにくいですが、枝の合間から富士が見えていました。
誰も歩いていない雪の上を進むのは楽しいものです。靴の甲が隠れるくらいだから5~10cmという感じでしょうか。
矢の音にこの時期に来るのは初めてでした。葉が落ちると意外に明るい山頂でびっくり。写真だと分からないけど、肉眼では富士がしっかり見えていました。
そのままイタドリ沢ノ頭を目指すことにしました。途中には踏み跡がありましたが、分岐から右の道は誰も歩いていませんでした。
途中、相模湖方面に下る良い道に入りかけてしまいました。地図を取り出して確認し、小さなピークを越えてこの分岐まで出たところでストックを置き忘れたことに気が付き、地図を確認したところまで再び戻ったので、余計な手間がかかってしまいました。(泣)
イタドリ沢ノ頭も葉が落ちるとこんなに明るい場所だったとは。ベンチの雪をちょっとどけて座って昼食にしましたが、しっかりお尻が濡れてしまいました。
しばらく下ると大沢ノ頭と書かれたところに着きます。そこから左に行くのが普通っぽかったですが、下には木が横に置かれていて、右に行く方が普通のような感じ。なので右の踏み跡を下る事にしました。
踏み跡は比較的分かりやすく、昔はよく使われた感じがありますが、最近はそれほどは歩かれていないかも。ちょっと道の横の笹がかぶるところもあり、雪があるとかなり滑りやすいところもあります。下っていくと88号鉄塔に出ました。
日野の集落に出て、のんびり藤野駅まで歩きました。最近はこの115系も置き換えが進んで高尾~大月間では、意外に当たらなくなってきました。見納めまであまり遠くはなさそうですね。
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