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練馬高野台から大泉学園散歩

雨の土曜日は散歩。(7/18)

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西武池袋線の練馬高野台が歩き出し。

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少し歩いた長命寺。以前にも来たことがありました。
やはり大きなお寺、雨でしたので人もおらず、静かにお参りできました。

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間違えて随分先まで歩いてしまい、戻ってようやく観蔵院。

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筆子供養塔というもの。宝暦12年(1762)と文化5年(1708)の供養塔のようです。練馬区でも最古の史跡でもあると案内板にありました。

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さらに歩いて石神井川を越え、善定院。切支丹灯籠は寛文期(1661~73)頃のものだそうです。

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石神井公園に入り、広大な石神井池の横を歩きますが、さすがに雨のせいでぬかるみが多かったです。

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池淵史跡公園に入ります。古民家がありました。旧内田家住宅ということでした。

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先には竪穴住居跡があります。こんな整備されてしまうと、分かりませんね。

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あまり整備されていなさそうな、わずかな広場の方が当時の面影がありそうでした。

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いくつも石仏が置かれていました。この庚申塔は享保12年(1727)のもののようです。

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少し歩いて図書館横には道場寺。豊島氏代々の菩提寺だそうな。

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その横にあるのが三宝寺。石神井城落城後に太田道灌が現在地に移したと言われるそうな。

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山門は三代将軍徳川家光が3度に渡って鷹狩りの際に立ち寄ったことから御成門とも呼ばれるそうです。
江戸期は一般の人は通行を禁止されていたそうで、現在の山門は文政10年(1827)に改築されたものだそうな。

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少し歩いて氷川神社。長い参道があります。石神井郷の総鎮守だったようです。
裏手には石神井城跡の空堀などがあるようですが、雨で土道をあまり歩きたくはなく、実際の空堀のあたりは通常は立ち入り禁止になっているので、横を通り過ぎただけでした。

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三宝寺池に出るとオニユリが咲いていました。

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雨の中であたりをうろうろ。三宝寺池付近はやはりぬかるみ道が多く、ちょっと歩きにくかったです。
だいぶ歩いて殿塚。石神井城が落城の際、城主の豊島泰経が三宝寺池に入水し、娘の照姫も池に身を投じたという悲しい伝説がこの塚のようです。

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少し先の「練馬の名木」の横に姫塚がありました。

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今回は失敗しまくり、方向を間違えて再び氷川神社の参道に出てしまったり、大泉学園駅に向かうつもりで、上石神井通りを反対方向に歩いてしまって環八に出てしまったり、どうも狐に化かされたみたいです。
やっとのことでたどり着いた牧野記念庭園。ここは邸宅跡で、晩年まで研究に打ち込んだ書斎などが残されています。

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奥様の名前を付けたスエコザサに囲まれて牧野富太郎氏の胸像が置かれていました。

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園内にはたくさんの草木や樹木がありました。この時期は咲いているお花は、さすがに少なめ、それでもウバユリが咲いていました。

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やはりオニユリもありました。建物の中にある書斎を除くと部屋の障子がかなり破れていましたが、当時からそうだったのでしょうか。
とても気になりました。書物がありすぎて二階が抜けてしまい、一階に移ったそうです。

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大泉学園駅に出て、コーヒーを飲んで終了でした。

 

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コメント

大泉や石神井は、私が子供時代を過ごした土地で、大変懐かしい気持ちになりました。
牧野記念庭園の近くの小学校に通っていましたので放課後に良く訪れました。
今でも野草に興味があるのはその時の経験から来るのかもしれません。
三宝寺池も当時は公園と言うより、沼と言う感じで、公園の一角にある中学校が私の母校です。
石神井城址の空堀は格好の遊び場でした。
ちょうどその頃、池淵遺跡の発掘をしていて、竪穴式住居跡が沢山みつかり、区の教育委員会へ手紙を書いて遺跡の保存運動をしてました。


投稿: たまびと | 2020年7月23日 (木) 10時42分

たまびとさん、こんにちは。

このあたりは思い出のある場所なのですね。
植物学と言えば、牧野氏のお名前が出てこないことはあり得ない感じですし、
自分も何冊か牧野氏の著書(難解ですけど。)を読んで、やはり親しみがありました。

石神井城跡も前に少し踏み込んだことがありますが、あのたりは鬱蒼としていますね。
それにしても保存運動もされていたとは吃驚です。
柵で囲まれて保存され、その甲斐があったようですね。

投稿: リブル | 2020年7月23日 (木) 20時58分

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