(色づき始めの山を見ながら山頂を目指す)
【 山 名 】越後白山
【 山 域 】上越の山
【 日 時 】2024年10月26日(土)
【 天 候 】くもりときどき晴れ
【 ルート 】黄金の里10:05→10:20慈光寺→尾根線→11:00三合目→11:35八合目→12:25避難小屋→12:30白山12:35→田村線→13:00天狗の腰掛→袴越→14:05慈光寺14:15→14:25黄金の里
☆越後白山へ
麓まで行くバスはなく、基本的にはマイカーの山と思うが、料金はかかるもののなんとかタクシーで行ける範囲ではないかと越後白山に行ってみることにする。ヒルやダニがいる山なので歩ける期間はわずかである。さすがに涼しくなったこの時期ならばヒルはいないだろうと思う。
新津までは問題なかったが、新津駅で乗り継ぎに失敗した。同じ発車番線に別な列車がすでにいたので勘違いして乗り込んだら、磐越西線の列車ではなく、数分前に発車する新潟行きの列車であった。動き出した時に気づき、次の駅で下車した。反対側におそらくそれと思われる列車が止まっていて降りてすぐ走ったが、さすがにすぐに発車してしまい、乗れなかった。取り残された駅でしばらく待たされる。新潟行きはたくさん来るが、新津方面へ行く列車はこの時間は少ない。しばらく待って新津で下車するが、磐越西線はもっと少ないのでまた40分以上待たされた。ようやくの列車を五泉駅で下車する。天気予報は晴れであったが、悪い方に外れたようでどんよりのくもりである。それでも雨はなさそうだ。
駅前にタクシーはいたが、料金を少し減らすためにしばらく待ってバスに乗る。村松駅という所まで乗る。そこでタクシーを呼んだが一社目はあまり良い返事をもらえず、もう一社に連絡してみる。すると10分ほどで来るというのでお願いした。黄金の里まで乗る。料金は3100円であった。帰りも呼べばよいか聞いてみると連絡すればよいというので、そのまま降りた。
目の前には黄金の里会館がある。時間があれば立ち寄ることにする。駐車場の奥にトイレがあるので立ち寄っておく。橋を渡って慈光寺に向かう。高い杉並木が並んでいて荘厳な感じである。200年~500年経っている杉のようである。
途中には石仏なども多い。やはり昔から信仰されているお寺なのであろう。沢が近いのでひんやりとしている。しばらく進むと神社がある。そのまま先に進むと左上に寺院がある。さらに先には左に慈光寺と思われる石段があるが、そのまま先へ行く。すぐに左に白山を示す案内板があった。そこが尾根線と田村線が分かれている所のようである。白山から今年登った粟ヶ岳への山の地図が書かれている。避難小屋に泊まれば行けそうだが、水場もないし、かなり足を持つ人でないと行けなさそうである。
そのまま進むと林道という感じの道になるが、車が入るような林道ではなく、草も生えていて歩く人さえ滅多にいなさそうな道となる。沢沿いでジメジメしている上に草があるので、いかにもヒルが好みそうな道である。なので歩いているとヒルがいないか心配になってときどきズボンの裾を上げてヒルチェックをしたが、特にいるような事はなかった。そのまましばらく道を進み、木橋で右に渡る。すぐに右から入ってくる小さな沢の流れを渡り、登ると一合目の表示があった。
そこから登り始めるが、やはりきつい登りである。ただ、昨日の米山の上部の登りに比べたらきついものの登りやすい。気温もそんなに高くはないし、自分のペースで登っていけばよい。ぐんぐんと高度を上げていく。これでもう少し天気が良ければと思う。上の方は少し雲がかかっているようであるが、稜線も見える感じでそのうちにかかっている雲はなくなりそうな感じである。やがてあっけなく二合目の表示のあるところに出る。
しかし、その先もまだまだきつい登りが続く。右の谷の水音も聞こえなくなり、谷が斜面のようになってくると先に山が近づく。ロープが付いている所も多々あるが、登りであれば、あまり掴まなくても問題なかった。登りついた所には細い鉄の道標が立っていて、山頂左を示している。わずかに右に登ってみたら、左奥に石祠が置かれているのが見えた。
道に戻って先へ進む。緩やかに進んだのち、それなりの登りが続く。ブナも出てきたようだ。左手に見える尾根は下山の尾根であろうか。そちらの方はわずかに色づいているようだ。さらに登っていくと途中に四合目の表示を見る。随分登った気がしたが、左手の尾根はまだまだ上の方に続いていて、さらに頑張らなくてはいけないことが分かる。まだまだ登りが続き、ひたすら登ると五合目の表示。これだけ登ってやっと半分かとちょっとがっくりくる。
先へ登ると少し視界が開ける所がある。下界の風景がちらりと見える。どうも下の方は青空が広がってきているようだ。山はダメらしい。
きつい登りが続くが、少し明るくなる。わずかに日がさしたが、また雲の中に入ってしまった。
さらに登ると少し樹林が変わり、あたりは広葉樹になって色づいた木を見るようになる。今年は天気不安定な事が多いから、あまりきれいな色合いになる前に茶色になって紅葉は終わってしまうのではないかという気がした。
そのまま登っていくと再び樹林の中に入って登る。細いがブナの森もある。もうそろそろ上が見えてきても良いのだが、まだ見えない。そういえば六合目とか出てこないなと思いながら登る。途中で12時を知らせる音楽が聞こえてきた。もうお昼か。やはり出遅れたのが痛いようである。やっとわずかなスペースがある所に金属プレートが付いていて、一瞬2合目と書かれているように見えたが、これは字がかすれていて、8合目と書かれていたものであろう。
そこからは少しじめっぽく滑りやすい登りになる。しばらく頑張ると明るい登りになって9合目の表示を見る。
先に進むと笹の中の道を登り、さらにしばらく頑張ると避難小屋の前に出る。そこからは先に踏み跡の道があり、それが宝蔵山などへ続く道のようだ。その先へ行けば今年登った粟ヶ岳まで続いている。この避難小屋に泊まれば行けるのかもしれないけれど、夏場はヒルが多いし、まあ自分が歩くような事はないだろう。
山頂へ向かう。緩やかな登りでしばらく進むとススキの多い所に出る。左に眺めが少しある。どうもここが山頂のようだ。
右手はヤブになっていて、鉄柱があったのと壊れた木祠の屋根が落ちていたくらいで、わずかにヤブの中に入ったが、三角点らしきものは見当たらなかった。
ススキが多く、ダニもいそうなので座ることもできないようだし、立ったままパンをさくっと食べた。さて、こんなヤブ山はさっさと下山にしよう。
ススキをかき分けて少し進むとすぐに田村線と書かれた古い看板は一部壊れているが木に付けられていた。そこからはまた普通の道になる。もちろんそれほど歩かれている訳ではないが、特に問題はなさそうだ。しばらくは緩やかな道を進むと急坂に変わって下っていく。歩きにくい所もあったりするので注意しながら下る。やはりロープの付いている所も多々ある。先の下の方に小ピークが見えてくる。どうもそこへ向かうようだ。こちらの尾根の方が登ってきた尾根よりも色づいている。しかし、かなりの下りが続いてなかなか大変である。右側に落ちたら大変そうな所もあり、少し慎重になった所もあった。ヤブっぽい所も若干はあるが、ほとんどは特に問題はなく、道は続いている。
随分下るとようやく緩やかになるが、今度は目の前にさきほどのピークが大きくなる。少しブナも混じる道を進んでいくと大きなブナが目の前に現れた。これが「天狗の腰掛」と言われる大ブナであろう。こぶこぶで枝が何本も伸びていて、最初は二本の木が合体したものかと思うくらいであるが、どうやら一本らしい。まさに巨木である。裏に回ると七合目の表示板が置かれていた。
先へ緩やかに進んでから登りになる。わずかにきついが、登りは長くはない。798mの袴腰はピークは踏まず、左を過ぎる感じである。その先は緩やかな下りが多いが、たまにきつい所がある。先へ進んでいくと再び色づいた木々の下りとなる。道も問題なく、しばしの間気分よく下る。
右手には山々が見えるが、どこの山かさっぱり分からない。やがて谷状の地形の中を進むところがある。左に谷が分かれているが、テープを見て先へ進む。掘れた感じの道を進むところはかなりじめっぽく、あまり気分のよくない道である。しかしそんなに長くはなく、普通の道となり、先へ進んでいく。やがて少し左に曲がってさらに進むとまた左に進んでロープの付いた滑りやすい所を下る。さらに進んでいくと平な所に出る。左に曲がるが、そこに五合目の表示が付いていた。
左に進んで下るとまたロープの付いた急降下がしばらく続く。小さく折り返すところもあるが、かなりの下りで足をもつれさせたりしないように下る。ようやく少し下りが緩み、先へ行く。左手にもう随分高い白山がシルエットで見えた。おそらくもう来ることもないと思われる。見納めであろう。
そこから先へ進んで下るが、また滑りやすいそれなりの急坂が続く。まだ横の尾根などを見ると結構な高さがある。ひたすら下る。随分下ると急に明るい所に出て、そこには送電鉄塔があった。
少しヤブっぽいが道は続いているので直進すると再び樹林の中に入って下っていく。またきつい下りが続く。それでももうだいぶ下部、もう少し頑張ればと思いながら下る。やがて沢音が聞こえてきて、ぐんぐん下ると下りついた所は神社の裏で、回り込むとそこは天狗の神社らしい。安全に下ることができたことをお参りする。
石段を下ると鳥居があるが、鳥居にも天狗の面が付けられていた。
降りた所はもう慈光寺の境内、裏から入る感じになってしまったが、建物の間を抜けると寺の中、だいぶ古びているが、立派なお寺である。もろちんお参りする。正面の上にある板の彫刻がかなり繊細で龍などが描かれていた。
ぐるっと回って山門を出て階段を降りる。案内板があるが、だいぶ読みにくい。本堂は宝暦5年(1755)に火災で消失し、宝暦13年(1763)に再建されたもののようである。今となってはこの山中で建物を維持していくのはかなり大変であろうと思う。なかなかの寺院であった。
さて、再び杉並木を下っていく。この時間は見に来る人も多いようで、たくさんの人がお寺に向かって歩いていた。しばらく歩けば黄金の里の駐車場に着く。まずはタクシー会社に連絡する。さすがに帰りは駅まで乗らないと来てくれなさそうなので、五泉駅までとお願いした。しばらくかかるということで黄金の里会館に入ってみたが、買いたいと思うものは少なかった。外で売られていたマイタケが大きく、買いたいけれど、とても電車で家まで持って返るのは難しいので諦める。外のベンチで待つが、やはり随分待たされて体が冷えた。それでもやっと来てくれて乗り込む。駅まで乗り、5000円弱であった。
駅まで乗ったおかげで調べておいた時間の列車にも間に合った。新津まで乗り、新津で下車して駅から少し離れているが、新津温泉に向かう。10分ほど歩いただろうか、古びた温泉施設で入浴する。今までに入浴したことのない泉質で、ぬるめなのだがとても温まる温泉だった。さっぱりして夕焼けの中、駅へ向かう。駅で時刻を見るとちょうど快速列車がある。駅舎の中からはシルエットの山が見え、たぶん白山と思われる山が見えた。列車に乗り込み、長岡駅へ。駅弁と酒を買い込み、新幹線の中で軽く打ち上げして帰った。
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