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日原峠越え

【 山 名 】土俵岳、日原峠
【 山 域 】奥多摩
【 日 時 】2026年5月3日(日)
【 天 候 】くもりのち晴れ
【 ルート 】新山王橋バス停9:10→9:35愛宕神社→10:25分岐→11:00日原峠→11:15土俵岳11:25→11:35日原峠→11:50分岐→12:40道路→13:05上川乗バス停

☆日原峠越え

 天気はくもりのち雨の予報である。軽い山でも歩ければよいかと地図を見ていたらしばらく歩いていない道が日原峠へ向かって伸びているのを見つけたので行ってみることにする。あまりGWらしくない歩きだが、まあ良いだろう。後で調べたら15年ほど前に歩いたことがあったが、すっかり忘れていた。

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 久しぶりに上野原駅から鶴峠行きのバスに乗る。天気が悪い事もあるとは思うけれど、それなりに座席は埋まったようだが以前のような混みではない感じだった。新山王橋バス停で下車する。まずはすぐ左から旧道を右に進み、左に登るが、上の民家に子どもたちが何人かいて、こんにちはと挨拶されたので、こんにちはと返す。そのまま左へ登っていく。少し木の枝などが邪魔する道を少し進むと棡原小学校の建物を左に見る。やはりここもだいぶ前に廃校になったようである。グラウンドは使われているようで草などは生えていなかった。横を通って道路に出て、少し左の道をさらに登っていく。

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あたりは民家が点在している。結構高い所まで登ってきたように思うが、まだまだ上の方まで民家があるのが見える。道なりに登っていく。

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 途中には植えられたお花がたくさん咲いていたり、石仏が並んでいる所などもあった。

2026051504(高原のような雰囲気)

 それにしても今日は蒸し暑い。夜に雨が降るせいか、かなりの湿気が感じられ、気温も高い。長袖シャツで歩くのもわずらわしくなり、途中で長袖シャツを脱いで半袖シャツで歩くことにした。

2026051505(随分上がってきた)

 さらにしばらく登って進むとようやく愛宕神社の下に出る。もちろん登って愛宕神社に立ち寄る。

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 手洗い水か、水ががんがんホースから流れていた。お参りする。先には権現山がよく見えた。

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 下って先へ進むと山に入るが、そこには二十三夜塔と蚕養神と書かれた石碑がある。やはりこのあたりも昔はたくさん蚕を飼っていたのであろう。

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 山道に入るとやはり歩く人は少ないようで、落ちた木の枝などが多い。淡々と折り返しながら登っていく。

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 少し登ると踏み跡が右に分かれているが、上野原町が立てた道標があって左に登っていく。

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 登っていくと折り返してさらに進む。再び山梨の山でよく見る道標があったが、新しい雰囲気があるが、来た方向に棡原中学校バス停と書かれていて古いもののようだ。平成19年に立てられたものであった。

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 さらに登っていく。やはりあまり歩かれていないせいか、少し落ち葉が溜まっている所などもあった。それでも登っていくとやはり峠道らしい雰囲気の道が続いている。随分登ると再び道標があり、その先に石仏。寛政4の表示が見え、道標も兼ねているようで右山道、左人里と書かれていた。

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 さらに登っていくとしばらくで左から上がってきている道と合流する。

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 だいぶ登ってきた感はあるが、まだ先は長い。高度を上げたせいか涼しくなったので長袖シャツを着ることにした。先に進むと尾根の右側を進むことが多いようだ。樹林の新緑がきれいである。登っていると左にわずかに眺めがある所があり、そこからは権現山とその稜線を見ることができた。

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 さすがにそろそろ稜線が近くなってきた雰囲気、やがて再び分岐があり、道標は左の尾根道を示している。

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 そこにも石碑が置かれていた。見ると大正三年の石碑で馬頭観世音の石碑である。これも道標を兼ねていて、右山道、左人里と書かれている。この頃から右の山道があったことがわかる。山仕事などで入る人がいたのであろう。

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 登りは続き、ひたすら登る。随分登って、ようやく折り返しから左に進むと緩やかに進んで日原峠に出た。いつものように石仏が置かれていた。

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 せっかくなので一つくらいピークを踏んでから降りることにする。左へ土俵岳に向かう。登り道を進んでいくとご夫婦が途中で休んでいたので先に進む。少し急な登りをこなして先へ行くと土俵岳の表示と三角点がある。以前、切り開きがあって富士山などが眺められた記憶があるが、木が育ったのか、切り開きはなく、眺めもない。少し戻ったあたりから奥多摩側の眺めが少しあるので、そこで休むことにした。それにしても天気は予想よりよく、晴れている。新緑がきれいである。さきほどのご夫婦が登ってきたが、休むことなく先へ進んでいくのが見えた。

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 さすがに稜線はひんやりとする。休んでいるとすぐに体が冷えた。確かバスが13時台にあったはずである。今日はあまり歩くつもりはなく、さっさと下ることにしよう。

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 往路を戻り、日原峠へ下る。登ってくる人は誰もいなかった。静かな峠でカメラを出して撮影しようとしたらレンズが割れている。ありゃ、さきほどまでは特に問題なかったのに、何が起こったのか。ザックに入れた時に何か無理な力でもかかったのかもしれない。割れているのはレンズ本体ではなく、フィルターだけだったようで助かった。でも、最近はカメラフィルターも結構な値段するんだよね。数千円がこれで飛んでしまうなと思った。壊れたフィルターを外してビニール袋に入れた。

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 古い「人里・笛吹」の表示を見て下っていく。途中細い所があるので少し注意しながら下る。この道も以前に下ったことがある道である。途中には水場があり、しっかりと水が出ていた。飲む気はなかったが、触ってみると冷たい水だった。

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 しばらく下っていくと道標があり、人里と和田への分岐、最近は和田へ降りる方が使われているようだ。右の和田を選択して下って行く。緩やかな道を下っていく。やがて新緑がきれいな所があった。しかし、あまり長くはなく、再び樹林の中の道となってしまった。やがて下にちらりと道路が見えた。まさか降りないよねと思ったが、下っていくとどんどん近づく。右へと進んでいくと、左が林道になり、それと並行して下る。さすがに危ないせいか左側にロープが付けられていた。やがて急降下になり、滑ったりしないように左のロープを掴んで下る。最後は石段で林道に降りたった。最近作られた林道らしい。林道をこのまま歩かされるのかと思いながらわずかに進むと左に山道の続きがあるようだった。

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 そちらに入って下っていく。少し下るとこの先林道造成中の看板が放置されていた。さらに下り、左下にもやはり林道のようなものを見るがさすがにそこには行かず、樹林の中を下る。やがて626mと思われるあたりを通過すると急降下していく。足が痛くなり、ゆっくりと下っていく。何度も折れてひたすら下るとようやく左へ進むが、ここも道が細く注意する。

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 やがて右に折れるともう沢がすぐ近く、左に進むと以前にも渡った小さな鉄橋を渡り、道路に出た。

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 バス停が近いのは左だが、右へ歩く。やはりここはバス停間の距離が長い。随分歩いてようやく上川乗に着く。

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 バス停で時間を見ると30分待ちくらいである。待合所でのんびり待つ。誰か来るかと思ったが、誰も来なかった。来たバスも座席は空きがあった。走っている車の台数が少ないのは、他へ出かけているのか、それともガス代高騰のせいだろうか。時間が早いので久しぶりに瀬音の湯に立ち寄ることにする。この車の少なさならば、そんなに混んでいないだろうと思う。十里木で下車して行ってみると人はそれなりにいたが、浴場はこのくらいなら許せるかなという混み方。久しぶりにぬるぬるのお湯に浸かった。帰りのバスは増発便は立っていたので見送って次のバスを待つと空いているバスがやってきてラッキーだった。

 

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コメント

日原峠、上野原から登ったことは無いです。
数馬からしか歩いたことがありません。
バスの時間が心配で行くのに躊躇します。

西やんさん、

マイナーコースという感じで、滅多に人が入るような道ではないですね。
道標があるものの、歩く人も少ない感じに見えました。
それでも、石仏など、やはり昔ながらの峠越えの雰囲気が感じられましたよ。

バスがやはり少ないので、笹尾根の峠道は上野原側から登って奥多摩側に降りるのが基本ですね。

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