登山(房総・筑波)

宝篋山 小田城コース、常願寺コース

2026011827(宝篋山からの筑波山)

【 山 名 】宝篋山、富岡山、尖浅間山
【 山 域 】筑波
【 日 時 】2026年1月18日(日)
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】小田東部バス停9:40→9:50小田休憩所9:55→10:10要害展望所→10:20富岡山→小田城コース→11:20宝篋山11:35→12:05尖浅間山→常願寺コース→12:55小田休憩所→13:05小田東部バス停→小田城跡散策

☆小田城コースから宝篋山

 日曜日だし軽い山歩きが良いと宝篋山に行くことにした。ついこないだ行ったように思うが、記録を見るとすでに9年も前の事である。この山はたくさんのコースがあるので、まだ歩いていない小田城コースを登って常願寺コースを下ることにした。バスの時間を見ると少し時刻が変わっているようだ。朝一番のバスでは早すぎるので、以前よりは少し歩き出しが遅いが、二番バスに乗れば良さそうだ。12時台のバスは間に合わなさそうなので、次の14時台のバスで帰ることにする。あまり早く起きる必要はなく、少しだけ早起きで出かける。秋葉原駅でつくばエクスプレスに乗り換える。つくばエクスプレスに乗るのは前回宝篋山に登って以来だから、随分久しぶりである。少し早い電車に乗れたのでつくば駅に着いたのもだいぶ早かった。駅ナカのコンビニでコーヒーを買って飲み、外のトイレに向かうが、学生がたくさん歩いている。この日は大学センター入試があったようで、その会場に向かう学生が多かったようだ。しばらく待って、つくバスの小田シャトルに乗るが意外に人が多く、小型車両は立ち客も5人くらい出るほど人が乗った。相変わらず公共施設などに寄っていくので時間がかかり、一時間近く乗ってようやく小田東部バス停で下車する。他にも数人が下車した。

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 小田休憩所に向かうが、少し歩くと神社があるので立ち寄って、山歩きの安全をお祈りしていく。少し歩くと車の多い道路を横断歩道で渡り、先から左に折れて少し登ると小田休憩所がある。トイレに行きたかったので立ち寄る。今日は随分温かい。風もないのでパーカーを脱いでフリースで歩くことにする。休憩所から歩き出して進むとすぐに左に道を分ける。

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 獣害避けのフェンスがあるので、それを開けて通り、閉めておく。進むと右に折れて進み、民家を見る。左に折れて進むと石仏が並んでいる。お顔が落ちてしまったものが多いようで、石が置かれているものも多かった。

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 先へ進むと分岐がある。右の道に入って登っていくとロープなどもあり、少し登りにくい。やがて要害展望所に登り着く。数人が休んでいて、眺めがあり、民家が並んでいた。今日は温かいせいか霞が多く、遠望は効かないようである。

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 右に進んで先へ行く。樹林の中に入るとさすがにわずかに寒い。しばらく進むと手製の道標がある。この道は「中世城の道」と書かれていた。

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 先へ進む。少し進むと再び分岐があり、左右に道が通っていて、先にも道がある。先には富岡山というのがあるようだ。せっかくなので行ってみよう。

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 緩やかに左から右にと登ると富岡山の小さな山頂に着く。ベンチは壊れ気味だった。特に眺めもない。暑くなったのでフリースを脱いでウィンドブレーカーを着込んだ。先に進むと下っていき、右下から来ている道と合流する。先に進むと下って来る人が多い。このコースは下り道で使われるケースが多いようである。たくさんの人に会いながら先へ緩やかに樹林の中を進んでいく。やがて道が少し細くなり、トラバースの感じのある道を少しずつ登っていく。やがて右に純平歩道の分岐に着く。

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 左の道に入ると登りが少しきつくなる。日差しが照り付け、やはり暑い。ウィンドブレーカーも脱いで久しぶりに長袖シャツで登る。春みたいな雰囲気でもある。それにしても降りてくる人が多い。天気が良いので歩く人も多いようだ。

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 何度も曲がりながら登っていくと途中には硯石と表示された石があった。硯の形をしている訳ではないが、少し表面がすべすべ感があるので、そういう命名なのであろうか。さらに先へと登っていく。またしばらく登ると右に鳥居がある。入ると左に下浅間神社と書かれた小さな賽銭箱と石碑のようなものが置かれていた。隣の石がかぶさっているような感じである。反対側には眺めが広がる。薄ぼんやりなのが今ひとつである。

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 先に進んで登っていくと再び分岐、反対側になっている道標を周りこむと新寺コースや山口コースの分岐だった。そのまま進んでさらに登るとまた分岐。どちらでも山頂に向かうが、左の直登の道を選んだ。

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 明るい雰囲気の道を先に進むと斜度が上がる。やはり直登は少しきついようだ。それでもしばらく頑張ると右から来ている道と合わさり、山頂手前に着く。

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 梵字の書かれた石などが置かれていて、忍性菩薩像などが置かれている。その先には山頂の宝篋印塔である。以前来たときは特に囲いなどはなかったが、最近はいたずらなどをする人が多いのか、囲いが作られていた。

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 やはり筑波山が近いが、それでも少し霞気味である。前は富士山も見えたのだが、この霞では見ることはできなかった。山頂のベンチはほとんど埋まっていたが、なんとか海側の小さなベンチが空いていたのでそれに座る。海を眺めながら紅茶を入れて昼食のパンを食べた。

2026011814(山頂の宝篋印塔)

☆常願寺コースへ

 のんびりしたら下山にかかる。バスの時間にはかなりの余裕がありそうだが、どうなるかは分からないので降りることにする。さきほどの分岐に降りて左へ降りていく。

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 やはり左足が登るときはあまり影響しないのだが、下りになるとわずかに痛む。あまり無理しないようにのんびりと降りていく。やはり人が多いが、下っていくとトイレがある。先へ進むと少し人が減った。緩やかに下っていくといかにも城跡らしい雰囲気で左右に掘割らしきものがあり、道の左右には土塁と思われるものがある。少し進むと小さな表示版に「宝篋城堀跡」と書かれていた。なるほどやはり城跡の遺構であったか。こんもりしたところにも土塁と書かれていて、自分の推測はすべて当たっていた。

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 先に進むと広い明るい場所に出る。左右に道が別れていて右が極楽寺コース方面、左が常願寺コースの分岐である。ベンチもある。以前はここへ登ってきたはずだが、すっかり忘れている。

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 左の道を下っていく。少し下ると先に眺めがある所がある。ベンチも置かれていて休むのに良さそうな場所だったが、通り過ぎる。そこから左に下っていく。この時間でも登って来る人にときどき会う。しばらく下ってから登り返しになる。なかなかきつい登り返し、ようやく登りが終わると先へ行く。また下っていき、再び登り返し。これもまた少しきつい。アップダウンが結構あるなあと思いながら先へ進むとようやく登り着いた所が尖浅間山のようだ。左にはベンチがあり、休んでいる人を見る。右に大きな石がいくつかあり、その上に山名板が付いていた。

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 特に休む気にはならなかったので、そのまま下っていく。若干急な下りが続く。小さくじぐざぐを書きながら下っていく。まだまだこの時間登って来る人に会う。この山も随分人の来る山だなと思う。樹林の中をひたすら下っていくと右に小さな沢が出てきて水が流れているのを見る。そのあたりに滝や天狗岩というのがあったようだが、下りだと全く分からず、どんどん下っていく。途中、変な道を少し下って歩きにくいなと思ったが、どうやら沢コースというのもあるらしい。そちらの踏み跡に入ってしまったのだろうか。右にしっかりした道があったのでそれに出てさらに下っていく。

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 ひたすら沢沿いの道を下っていく。やはり石などが多く、少し下りにくい。やがて高い笹薮が横に出てきて、明るい所に出るともうそろそろ終わりに近い。平に近い道になってやがてまた扉がある。扉を抜けるとそこは田んぼなどがある場所だった。

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 先へ進んで右に曲がり、休憩所を目指す。宝篋山はやっぱり手軽な良い山だなと思う。何度か曲がってため池などを見ながらのんびり歩いていくとやがて遠くに極楽寺コースとの分岐点に近づく。降りてくる人もいればこれから向かう人もまだそれなりにいる。分岐から左に進んで少し歩けば、休憩所に着いた。またトイレに立ち寄る。やはりバス時間まで一時間以上ある。暇つぶしにまた小田城跡を見に行くことにする。

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 来た時に歩いた道をバス停に戻り、そのまま先へ進んでいく。大きな門構えの家が多く、大名の子孫だったりするのかななんて考えながら歩いていくとやがて右に曲がって狭い道を進むと城跡が先に見えた所で一本の木がある。そこにはかなり古そうな石碑が置かれていた。

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 先へ行くと城跡に着く。回り込んで虎口から入る。広い城跡である。左手に登って高みから宝篋山を見る。

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 さらに奥の左手にわずかな高みがある。

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 そこへ行ってみると石碑がいくつか置かれていたが、忠魂碑のようなので明治時代などに置かれたものだろう。高みは登れるが、特に何もなかった。

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 バス停に戻る。まだ時間がある。

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 城跡の案内所が先の方にあるようだ。しばらく道路を歩いて行ってみた。途中にはNPO法人のカフェなどもあったようだが、敷居が高そうだ。先へ進んで左に曲がり、しばらく進むと建物があったが、なんとなく入る気にならず、そのままバス停に戻ることにした。バス停に戻ると女性が一人バスを待っていた。自分もバスを待つ。まだ20分くらいあったが、なかなか時間が経たなかった。ようやく時間になるともう一人やってきた。来たバスは行きとは違い座席も空いていた。つくば駅に出る。すぐに快速列車が出る時間、急いでホームに行き、列車に乗って帰宅した。

 

市ヶ坂峠、小湊山へ

2026011027(大弁天島と小弁天島)

市ヶ坂峠への道は荒れています。一般的な道ではありませんのでマニア向けです。小湊山も同様。

【 山 名 】市ヶ坂峠、小湊山
【 山 域 】房総の山
【 日 時 】2026年1月10日(土)
【 天 候 】快晴
【 ルート 】行川アイランド駅8:20→9:05市ヶ坂入口→9:20市ヶ坂峠→9:35日蓮寺9:40→10:00誕生寺10:10→10:35小湊山→10:50行幸啓記念碑11:00→11:50安房小湊駅

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☆市ヶ坂峠、小湊山へ

 マニアックな峠道に行くことにした。早朝の電車に乗り、千葉駅から久しぶりに外房線に乗る。ドアがすべて開く車両なのは内房線と変わらないが、車両は若干良くて暖房も効いているので年末ほどには寒くなかった。上総一ノ宮駅からは二両の車両、これは新型車両なので密閉性が高く、暖房もよく効く。そこそこ座席が埋まった程度の乗車である。今日も天気はかなり良いようだ。ただ風がありそうである。行川アイランド駅で下車するが、もちろん他には誰も降りる人はいなかった。駅舎は質素だが、きれいである。行川アイランドは閉鎖されてもう25年も経つようだが、駅名はそのままである。駅名を変えるとお金がかかるので放置されているのであろう。比較的温かいのでフリースは脱いでパーカーだけにした。

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 駅を出て右へ歩き出すと地元らしい老夫婦が歩いていた。まずはおせんころがしを見に行く。少し進むとトンネルがあり、左に工事用の車両などが置かれているが、そのさらに左へ進む。少し進むと古いホテルの看板がある。さらに進むと右に道を分けるが、これがホテルへの道、一部は鉄骨が見えていて廃墟なのであろう。左に進むのがおせんころがしへの道のようだ。海風が強く吹き付ける。気温は高めだが、冷たい風が吹き付けると寒い。いかにも海岸近くの雰囲気の中を進むと石塔が見えてくる。そこへ行くとそれがお仙の碑だった。案内板があり、それによると、豪族の娘だったお仙は年貢に苦しむ領民に心を痛めて強欲な父に説得を試みたが、聞き入れられなかった。領民が父の殺害を計画し、機会を伺っているのを知って、父の身代わりとなり、領民に海に投げ込まれたということです。領民達は身代わりのお仙であったことを翌朝まで知らなかったということです。領民たちは地蔵尊を立てて供養したということが書かれていた。目の前には太平洋が広がっていてやはり海の眺めは良い感じである。

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 道路に戻って渡ろうとするが、車が多いので車が切れるのを待って渡った。すぐ先の道を右に進む。トンネルができる前の旧道らしい道で広い感じである。しばらく進んでいくと横はかなり高い崖となる。やがてトンネルがあり、そのトンネルに入る。前から風がかなり来て吹き抜けているようで歩きにくい。トンネル内は舗装もきれいで先の集落の人たちが使う道路として整備されているのであろう。トンネルを抜けると強い風が止む。やはりトンネルを通して先に空気が抜けているような感じであった。急に集落があるのでちょっと戸惑う。すぐ先にもトンネルがある。手前の右に集落内の細い道があり、それに入る。石段もありながら民家の軒先という感じの道を進むとすぐに先に鳥居が見えて神社がある。左に進む道が登る道だが、まずは石段を登って神社に立ち寄る。八幡神社と鳥居に書かれている。小さな集落にしては立派な神社である。お参りする。戻ろうとするとしっかりと海が見えていた。

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 登る道に入る。広めの石段が続く道、最初はたいしたことないように思えたが、結構長く登りは続く。何度も曲がりながら登っていくと途中にはお墓がある。比較的きれいなものもあるが、一部は墓石がない。他に移動したのだろうと思われた。ひたすら曲がりながら登っていくとさすがにすっかり汗をかいた。汗を拭きながら登るとようやく登り道は終わり、集落に出た。上大沢の集落であろう。先へ進むと結構車の通行がある。バキュームカーを久しぶりに見た。まだ汲み取り式トイレの家が残っているのであろう。民家のあたりにはやはり水仙を見かける。

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 遠くには山が見えるが、あまり高い山ではない。

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 先へ進んでいくと土地が広がるが、やはりもう耕作などはあまりしていないようでソーラーパネルが並んでいる。その先へ行くと有刺鉄線の柵があるが、荒れ地が広がっていた。しばらく進むと市ヶ坂峠の入口と思われる所に出た。

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 入口からしてすでに藪っぽい。地図を確認して入る。すぐ先に倉庫があるが、もう使われなくなって久しいようである。その前あたりもかなり藪になっていて進むのに踏める所を確認しながら進む。倉庫の先に行くとやはり道らしきものが続いている。しばらくは藪っぽい。それを過ぎると藪はなくなるが、使われなくなって久しいので、下の土が柔らかくなっていて落ち葉も溜まっているし、木の根も散乱していて歩きにくい。

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 山に沿うように曲がりながら進んでいく。途中、山に入るような踏み跡っぽいものも見る。山仕事などで使われていたのだろうか。くねくねと進んでいくとやはり倒木が邪魔したりもする。乗り越えたりしながら進む。さすがに暑くなってきたし、民家もないのでウィンドブレーカーに着替える。さらに進んでいくとまた藪が出てきて、なんとか歩きやすい所を先に進むと左は湿地のように靴が沈み込む感じなので山裾の歩きやすいところを藪を避けながら進む。

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 先が左右から降りてきている所に近づく。右上にテープを見かけるが、そのまま進むとまるで門のように先が狭くなっていて、古い扉が開いたまま土に埋もれかけている。どうやらここが市ヶ坂峠のようである。やはり風が吹き抜けて寒い。

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 扉の先へ少し進むと左に道が続いている。いかにも古道という感じ、振り返ると扉に誰かが付けた市ヶ坂峠と書かれたプレートが付いていた。

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 先へ進むと通ってきた道と同様に木の枝などが溜まっていたりもするが、こちら側の方が比較的歩きやすい。かなり山深い感じがある。しかし、かなり古道の雰囲気を残している。昔は人も歩いてもう少ししっかりした道だったのだろうが、それでも一人で歩いた時の心細さはいかばかりであっただろうか。左側がちらりと見えると山深さが伺えた。道は比較的分かりやすく、辿って進んでいく。途中、小尾根が左にあって分岐してその下に踏み跡があるように見えたが、磁石を確認すると直進するのが正しいようだ。先へ細い道を進んでいくと右手がちらりと見える所がある。低い山が連なっていた。先に進んで樹林の中を緩やかに下っていく。やがて右下にお寺が見えた。すると右と左に分かれているように見えた。右に降りるのかなと右に下る。少し下るとお堂の裏手になる感じで、その先は尾根が続いていて降りられそうにない。やはり先ほどの所から左に降りた方が良かったようだ。少し登り返してさきほどの所まで戻り、左に降りていく。少し急だったが、続いていて、やがて右に折り返す。

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 少し下ると倒木があり、その下をくぐって先へ降りるとお寺の境内に降り立つことができた。人の気配があまりない。無住なのだろうか、ひっそりとしていた。お寺の玄関の左にはなぜか鳥居がある。神社も併設されているのだろうか。

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 石段を少し下ると石碑と石仏がある。石段を下って行くとお墓参りの方がいらっしゃった。近くにお寺の案内板があるが、そのあたりには植えられた水仙がひっそりと咲いていた。道路を下っていくと寺の入口あたりに石碑がある。そこには「是ヨリ市坂道」としっかりと読める石碑が置かれていた。

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 さて、誕生寺へ向かう。道路を歩いていると倉庫がいくつかある。あまり使われてなさそうだが、空のケースには漁協の文字が見えた。海も近いせいか漁業関係者の倉庫のようである。県道を渡り、しばらく歩いて外房線のガードをくぐって先へ行く。海が近くなり、途中で左に折れて進む。車の走る道路を少し進むと信号があり、横断歩道で先へ進む。やがてお店や遊覧船の乗り場などを見て進むと誕生寺の入口があった。

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 中に入る。仁王門は江戸前期の宝永三年(1706)に建立されたものと伝えられていると案内板に記載されていた。仁王様は残念ながら金網や柵などでわずかしか見られない。先に進むと大きな松が目立つ。これを見ただけでも数百年は経っていることが分かる。しっかりとお参りした。

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 寺を出て左へ進む。しばらく進むと右に神社がある。

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 小湊神社というらしい。石段が結構高い。しばらく登って神社にお参りする。さすがにこの神社をお参りしているような人はいないようだ。石段を降りて先に進む。

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 小湊山へ向かうが、道が細い。最後は私有地への道を分けるともう進めないのかと戻りかけたが、よく見ると左に道らしきものがある。それは通れるらしい。そこを進むとなんとか小湊山への道があった。私有地を見ながら登る。左に海が見え、左手には小弁天島、大弁天島が見えた。荒れた道を登っていく。しばらく登って折り返すあたりからベンチが出てくるが、かなり古いもの、先に進むとパイプだけのベンチの残骸などをよくみる。展望台は立入禁止になっているので、そのまま先へ進むとまたベンチの残骸の先に仏舎利塔があった。ここが山頂らしい。デッキのようになっていて回れるが、多少海が見えるくらいであった。

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 先の道はヤブらしいので行く気にはならない。往路を戻った。分岐に戻って右へ下ると海に降りていく。海際に遊歩道が用意されているのである。

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 それに降りると案内板を見て左へ進む。やはり風が強く、波が歩道に当たって少し水しぶきがかかっているような所もあった。

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 しばらく進んでいくと右に小弁天島がある。入口はロープがなく、島には鳥居がある。しかし、今は満潮に近い時刻らしく、途中は潮が満ちていて、とても渡れそうにはない。干潮の時刻ならば渡れるのだろう。

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 少し先にモニュメントと広場がある。昭和天皇の行幸啓記念碑のようである。

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 ベンチがいくつかあり、昨日の雨のせいかどうか濡れていた。相変わらず風が強いが、日が当たっているとそれほどは寒くない。少し乾いている端の方に座って紅茶を入れて昼食のパンを食べた。

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 しばらく休んでから駅に向かう。数人に会った。小湊山は壁のようである。その下を進んでいく。ここは鯛の浦、多くはマダイらしい。海に立っているコンクリートの柱に何か人形のようなものが置かれている。海の中なのでわざわざあそこまで行って置いてきたやつがいるのかなと写真を撮っておいた。しかし、家に帰ってから写真を拡大してみたら、人形ではなくてロープをかけるカギ型のような金具に藻のようなものがくっついているだけだった。なあーんだという感じである。

 やがて漁港に着いて、道路を右へ歩けば誕生寺近くに出る。駅へ向かおうと少し歩くと左に漁港の売店があるようだ。営業しているようなので立ち寄る。海のものを使ったものがいろいろあった。この漁港で取れたものではないようだったが、近くの千倉で取ったらしいあじの干物を買った。家で食べると薄味でなかなか美味しいものだった。のんびり駅に向かって歩く。しばらくはうるさい車の多く走る道路を歩いたが、分岐で右に旧道に入ると滅多に車も走らず、静かな道を歩ける。やがて駅に着いた。

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 時刻を見ると一時間ほどの待ちとなった。特に案内などはなかったが、時間近くなって駅に入るともう列車が止まっていた。乗り込んだ列車は時間も早いせいか、あまり混んではいなかった。比較的早い帰宅となった。

 

久しぶりの烏場山へ

2025122827(烏場山からの富士山)

【 山 名 】烏場山、金比羅山
【 山 域 】房総の山
【 日 時 】2025年12月28日(日)
【 天 候 】快晴
【 ルート 】和田浦駅8:35→9:10花嫁街道登山口→9:35第一展望台→9:50第二展望台→10:00経文石→10:10じがい水→10:25サジキ塚分岐→10:30サジキ塚→10:50見晴台→11:05烏場山11:15→花婿コース→11:35旧烏場展望台→12:10金比羅山→はなその広場→12:30花嫁街道登山口→13:00道の駅 和田浦WA・O!14:00→14:10和田浦駅

☆烏場山へ

 前日も山を歩いたので連続山行。烏場山を歩いたのはもう20年も前の事である。すっかり忘れているので久しぶりに歩くことにした。天気予報だとかなり良い天気になる予想だが、果たしてどうなるだろうか。地元から一番電車に乗り、うまく乗り継ぐことができて、木更津から安房鴨川駅行きに乗ることができた。しかし、古い車両でドアはボタン式ではなく、駅に着くたびにすべてのドアが開くタイプ。めちゃくちゃ寒かった。しかも途中の駅でしばらく待たされる。車両には4つのドアがあるが、そのうち3つを閉める。しかし、ちょうど自分が座っている席のドアは開いたまま、ものすごい寒さで耐えきれなくなって途中で席を移動した。多少は違うが、古い車両のせいか暖房はあまり効かず、体は芯から冷えた。随分乗った和田浦駅でようやく下車する。数人が降りたようだった。

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 駅から歩き出す。やはり良い天気のようだ。こちらの山に来てこんなに寒いと思うことも珍しい。それでも昨日の秩父よりは温度が多少違う感じはした。先の方に一人歩いているが、早い人のようでそのうちに見えなくなった。途中には植えられた水仙がもう咲いていた。

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 しばらく歩くと踏切を渡り、さらに先に進んでいく。途中には道標があるので心配はない。右に車道への道路を見て左に折れて進んでいく。山に近くなって来た感じ、途中にはうなぎ屋がある。さらに先に進み、細い道に入る。すると再び踏切を渡る。ビニールハウスなどを見ながら先へ進み、道標に従って折れて先へ進む。そろそろ最後の民家、それを過ぎると民家はなくなり、山に近づく。途中にはサザンカがたくさんあってよく咲いていた。随分歩くとようやく右に花婿コースへの道を分岐し、その先にトイレがあって、花嫁街道入口だった。

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 念のためにトイレに立ち寄ってから登り始める。この山も数年前の台風でかなりの被害が出て一時は通行止になっていたはずである。倒木などはもうすっかり処理されて問題はないが、やはり以前は普通に歩けた所が歩けなくなっていて、木段などを整備したという感じがあった。しばらくはそれなりの登りが続く。途中には倒木を切って作ったと思われる切り株の椅子なども置かれていた。やがて少し大きめの木がある所に登り着く。スダジイと書かれたものが木に付けられていた。

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 先に進むと緩やかな道になるが、風があって少し寒い。しばらく辿って進んでいくと再びスダジイの木があった。どんどん進んでいくとやがて第一展望台の表示がある所に出る。20年前もやはり眺めはなかったが、今も変わりはないようだ。もう展望台の表示は取り外しても良いのではないか。

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 さらに先へ進むと昔からの山道という感じになる。いかにも房総の山らしい雰囲気である。

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 やはり房総の山は山が深い。山の深さは高さではない事がよく分かる感じである。少し足元が悪く、土が柔らかい所もある。踏み跡はあるが、そんなに多くの人は入っていない雰囲気なのがらしい感じである。相変わらずどこを歩いているのか全く分からず、ただひたすら道を進む。やっと明るい所に出るとそこが第二展望台だった。しっかりと海を見ることができた。やはり海の見える山はいいね。

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 先に進む。しばらく進んでいくと烏場山と書かれた道標のある所に着く。見るとたしかに右手に山が見えて、あれが烏場山なのだろう。まだ結構遠い感じである。

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 どんどん先に進んでいく。寂寞感もあって、一人で歩いていると孤独感を感じる。山がこのあたりは本当に深い感じである。歩いていくと急に小岩があり、そこが経文石であった。梵字が刻まれていたという石だが、石自体は下にあるらしい。昔は下を歩けたようだが、今は上を通るようになっているらしい。

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 先へ進んでいく。やはり昔からの山道という感じの古い山道を進む。今はこんなに薄くらい樹林の中でとても昔の人が行き来したような道には思えないが、昔は今と違って薪をたくさん必要としたから、もっと木が少なく明るい道だったのかもしれない。そんな事を考えながらひたすら進んでいく。随分進むとじがい水の表示のある所に着く。右には水が流れそうな小さな谷があり、左は断崖のようになっているようだ。ルートは水とはまったく関係ない所に付けられているようで、先に進む。

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 どんどん歩いていくと再び道標があった。サジキ塚というのが先にあるようだ。どうしようかと思ったが、300mと書かれているので行ってみることにした。先に進むとやはり広い山道が続くが、あまり歩かれていないので土が柔らかい。単独の女性が一人こちらに戻ってきた。先へ進んでいくと右に倒木の多い道が別れ、左にも道がある。どうやらこの左の道は昔の道らしい。テープが貼られていて、通行止になっているようである。地図で見る限り、昔の五十蔵への道だったのだろう。中間の尾根を登るが少しきつい。しばし登ると明るい所に登り着く。すぐ先にサジキ塚があった。石仏がいくつも置かれている。右には馬頭観音の石碑も置かれていた。近くにあった石仏などを集めたものだろうか。

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 往路を分岐まで戻る。少し先に進むとすぐに駒返しの表示がある。

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 また樹林の中を先へ進んでいく。やがて明るい所に出る。右手には山と遠くに海を見ることができた。もう烏場山は近くなってきた感じである。また樹林の中を進んでいく。少し右が開けて眺めがある所もあったが、どんどん先へ進む。だいぶ進むと右にトイレのある所に出る。左に進むとベンチがいくつもあり、そこが見晴台らしい。やはり海が見えて良い感じだった。

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 さらに先に進む。少し風が強くなったようだ。進んでいくと眺めの良い所に出る。

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そこからはきれいな富士山、案内板には愛宕山、伊予ヶ岳、富士山、御殿山、経塚山と房総のたくさんの山々が眺められた。やはり風が来ると寒かった。

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 さらに先に進めば、やがて烏場山の表示があり、そこから木段で少しきつい登りを登ると山頂に着く。

2025122816(花嫁像は風化ぎみ)

 ちょうど御夫婦らしきお二人が写真を撮っていた。自分も再び富士山などの写真を撮った。反対側にはわずかに海が見えた。今日は降りてから食事をする予定なのでここで昼食を取る気はなかった。お店がやっていないなどの場合のためにパンは持ってきたが、食べる気はない。紅茶を入れて休む。グミキャンディをいくつか口に放り込んだ。

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☆下山

 さて、下山にかかる。最後の富士山を眺めてから下り始める。このコースは花嫁街道に合わせて最近は花婿コースと呼ばれているようである。少し急な下りで何度も折り返しながら下っていく。そのうちに登り返しになる。緩やかだが意外に長いので結構しんどい。ようやく明るい所に出ると、そこは旧烏場展望台、つい先程までいた烏場山がもうちょっと離れた感じに見えていた。

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 先へ下っていく。相変わらずどこを下っていくのかよく分からないが、ひたすら道を追って下る。そこそこの斜度のある下りもあるが緩やかに進む所もある。再び明るい所に出るとそこが見晴台、少し海が見えた。さすがに下ってきたせいとお昼に近くなってきたので暖かくなってきた感じである。

2025122820

 先へ下っていく。淡々と進んでいくと若干道が分かりにくい所があったが、先へ進むと再びしっかりした道となって問題なく進む。樹林の中を緩やかに登り返して進むと金比羅山の表示のある所に着く。小さな石標などがあったが、周りは樹林に囲まれていて眺めもない。

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 先へ下ると少し急な下りが続く。木段がところどころに埋め込まれている。しばらく下ると降り立った所には祠が置かれていた。先へ進んで緩やかに下っていくとはなその広場に着く。左に黒滝への道が別れているのだが、立入禁止になっていた。今はもう歩けないようである。

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 そのまま先に進むと橋を渡る。登り返すと林道に出た。のんびり林道を下る。分岐を右に進んでいくと一人早い人が抜いていった。さざんかを見ながら歩いていくと行きに通った花嫁街道入口の近くに出た。

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 さて、お腹が減った。道の駅に向かう予定である。再び道路を歩いてうなぎ屋さんを見てさらに先の分岐を左に出る。車の多い道に出ると横断歩道があるので、それを渡って海側の歩道を歩く。しばらく歩いていくと左に入れる所があって、海が見える。行ってみると広い海が見られる。サーファーがたくさん波乗りしていた。

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 戻って先へ進む。まだしばらく歩かされてようやく道の駅。

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 レストランに行く。席は空いていたが、やはり人が多く、刺身がある定食は残念ながら売り切れ、クジラ丼とクジラコロッケを頼んだ。30分ほど待たされてようやく出てきたクジラ丼はクジラの刺身、竜田揚げ、クジラカツが入っていて、滅多に食べられない味わいだった。時計を見ると次の列車に間に合いそうだ。急ぎ足で駅に向かう。道の駅からは一旦、先まで進んでから郵便局近くで踏切を渡って戻らないといけない。駅近くで時計を見ると後3分。間に合わないかと思ったが、駅に入る直前に列車の音が聞こえてきた。慌てて跨線橋を渡るともう列車が止まっていた。なんとか間に合った。車掌さんが気を効かせてくれて待ってくれたのかなと思ったが、どうやら行き違いの列車を待っていた模様だった。列車を乗り継いで帰宅した。

 

千本城跡と大坂富士

2025022420(富士見橋からの大坂富士)

大坂富士へはゴルフ場への道を通るので、一部私有地の可能性があります。場合により通行できないかもしれません。

【 山 名 】千本城跡、大坂富士(上総富士)
【 山 域 】房総の山
【 日 時 】2025年2月24日(月)祝
【 天 候 】晴れ
【 ルート 】上総松丘駅8:30→8:50千本城跡入口→8:55北野神社9:00→県道→三本松公園探索→10:25富士見橋→バイパス道で迷う→11:30石鳥居→11:40大坂富士11:50→12:50平山駅→13:45久留里駅

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☆千本城跡へ

 久留里から先の廃線が決定的になってしまった久留里線。いつ廃線になるのか時間の問題のようだ。古い雑誌をめくっていたら、たまたま上総松丘駅から歩くガイドが目に留まった。今歩かないともう歩くことはできないかもしれない。なのでこれを頼りに歩いてみることにする。久留里から先は本数が少ないので、早朝出発するしかない。さすがに朝の冷え込みは厳しい。特に千葉駅まで行くとかなり寒かった。電車の中はそれなりに暖房を入れてくれてはいるのだが、扉が開くと冷たい空気が一気になだれ込んできて寒くなる。木更津で乗り換えた久留里線の列車は三両編成で、とても暖かかった。一時間ほど乗車して上総松丘駅で下車する。

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外国人の女性がたくさん下車した。どうやら車でどこかに運ばれていったようである。また、鉄道好きなおじさんが何人かいて写真を撮っていた。自分もその一人になって列車が発車していく所の写真を撮った。

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 トイレに行っていたら、すっかり駅は静かになっていた。国道の方に出たのだが、車の通行が多いし、一旦戻る。駅から先に進んで県道に出て右へ行く。しばらく行くと通れそうな所があったが、すぐ先に踏切が見えたので、もう少し進んで踏切を渡り、国道に出てから右へ戻るように歩いた。しばらく歩くと千本城跡を示す道しるべが置かれていた。左に折れて民家の間を静かに緩やかに登っていく。しばらく進むとしっかりした石段の建物がある。神社のような建物と思ったが、後で調べるとそこが北野神社だったらしい。先へ進むと山の中に入って行く感じとなり、少し進むと左に北野神社を示す看板がある。左上に千本城址の表示もあった。左には朽ちかけた小屋があり、古くは炭焼きなどもされていたようだ。

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 石段を登っていく。木段に変わり、さらに登る。回り込むように左手に進んでいく。次第に高度を上げる。石段には苔も生えていて整備されてから相当な年月が経っていることが分かる。やがて右に回り込むと結構急な石段を登らされる。

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 登りつくと右奥に掘割を見る。倒木が多いようだ。

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 直進してから左に曲がり、進むとまた戻るように左上に踏み跡が続いている。ちょっと枝などもあるが、登っていくと平な所に登りつく。右には大きな神社がある。これが北野神社である。鳥居にもしっかり書かれていた。

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 お参りして奥にも行ってみる。石祠の先に右手にある木はかなり大きい。一本なのか複数なのかよく分からなかったが、一本であればかなりの巨樹であろう。

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 裏手まで行ってみたが、特にこれというものはなかった。戻ろうとすると石鳥居の先にある木もなかなかである。やはり城跡らしい雰囲気であった。

 足元に注意しながら降りていく。どんどん下って入口に戻る。古いガイドでは左に進んでトンネルを抜けるように書かれていたが、どうも今は歩けないようだ。少しだけ進んでみたが、トンネルには入口にテープも張られていたようだし、何か事故でもあったら大変なので諦めて戻ることにする。再び集落の中を下っていき、国道に戻る。少し先から左に入って線路を渡る。やはり地元の人が使うのか、おじさんが一人ちょうどそこにやってきてすれ違った。県道をしばらく左に歩いていく。しばらく歩いた分岐から左に進んですぐに右に登る道があったが、しばらく登ると木が生えていたりして進めそうになかった。後で調べるとこの道は正しそうだったが、今は廃道になっていたものと思われた。

戻って先へ進む。しかし、どうも道が違うように思える。そのまま先まで進んでいき、途中ですれ違った人にこのあたりに神社がないか聞いてみたら、分からないということだった。そのまま進むと国道に出る。自分は現在地を勘違いしていた。今日はコンパスを忘れてしまい、きちんと方向を確認できなかったこともある。三本松公園はどこにあるのか分からず諦めて戻る。分岐から右へ進んでいくと松丘小学校だった建物がある。そこから左に進んでいけば三本松公園に行けたらしい。その時はまったく知らなかった。右の道に入って進み、これまた右へ行けば良かったのだが、左へ進んでしまう。しばらく進んで左の高齢者施設の手前を右の道に入って降りていき、しばらく下ると静かな場所に下りつく。そこで地図を見ると降りた場所が違うようだ。先にトンネルがあり、このトンネルを抜けないといけないようだ。トンネルは電気も付いていたので、わずかに長めだったが問題なく通り抜ける。ただし風が吹き抜けて寒かった。トンネルを出て先に行くと右から道が降りて来ていたが、これが歩く予定だった道であろう。少し先へ行けば、再び国道に出る。

 そこから左へ歩いていく。やはり風が冷たく、手袋が手放せない感じである。途中は強風も吹き付け、冬用ジャケットを着ていても寒かった。直進の道をしばらく歩いて左に曲がり、下っていくと右手に見える山が大坂富士らしい。

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 しばらく進むと富士見橋がある。それを渡って右へ行く。進んだ三差路で右に行く。広い道路になり、大坂大橋を渡る。その先でまた失敗。右に登っていく道が行きたい道だったが、広い道路は最近作られたバイパス道路である。これを進んでしまった。しばらく登って上に左に行く橋を見てさらに進む。だいぶ登って下りに変わり、さらに進んだが、左に入れるような道は見当たらない。これ以上進んでも無駄と思われた。さきほどの橋が行きたい道であることが分かり、戻ることにした。10分以上はロスしただろうか。戻った登り道に入り、少し行くと左に道らしきものがあるがガードレールで塞がれている。もちろん先ほど歩いたバイパス道があるので終わっているからである。以前はこのような切通しではなく、そのまま左へ登っていく道だったのだろう。少し先のカーブを左へ曲がり、橋を渡ってバイパスの上を通り、先へ進む。しばらく進むと左にカーブしてから右カーブとなる。左に大坂富士を見る。さらに進んだ所で左の道に入る。進んでいくと右手には農地があるようなのでそこへの道と思われた。果たしてそのまま進めるのか分からなかったが、進んでいくとなんとか道路に出た。左へ進んでいくと右手にゴルフ場が見えてくる。やがてゴルフ場の中という雰囲気の道路になり、登りもきつくなる。ゴルファーの姿も見えながら何度も折り返して登っていくとやがて右に大きな電波塔を見て、さらに左に進むと石鳥居に出た。

 

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 石鳥居から先へ進む。緩やかに進む道はどちらかというと下り気味、倒木があったが乗り越えて進むと参道と思われる所に出た。右上を見るとかなりの斜度である。左右にある木はかなり大きく、威圧感があった。かなり苦労しそうな斜面の登りである。

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 登り始めるが、やはり踏み跡は安定しておらず、斜度もきついので足の痛い登りである。できるだけ斜めに折り返して登るようにした。わずかに踏み跡が認められて歩きやすい所を探しながらひたすら登るとやっと登りついた先のうす暗い所に大きな石祠が置かれていた。そこが大坂富士の頂上の浅間石祠のようである。内田栄一氏「房総山岳志」によると房総屈指の古祠で富士講流行以前のものらしい。

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 近くにはかなり大きな木も見受けられる。

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 右に行ってみると自然石に細工をしたと思われる石の祠も置かれていた。坂の手前のあたりは日当たりが少しあるのでそこに座って昼食とした。

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 さて、下山にかかる。坂の右手へ進む。すぐに貯水槽の手前に出て、右に進むと奥にゴルフ場のクラブハウスと思われる建物の屋根が見える。明るい所に出たら下はパター練習場になっていた。右手に踏み跡があり、それを降りると練習場の横に出てしまいそうだと思ったが、わずかに下ると右の樹林の中へ踏み跡があり、それを下ると問題なく道路に出ることができた。前は駐車場のようである。さっさと下ることにしよう。右へ道路を歩いて下っていく。途中、右手で何か動物でもいたのかガサガサという音がしたので、手を叩いたらその後は静かになった。どんどん下っていき、ゴルフ場を左に見てさらに下って行けば、分岐に出る。右に折れて進む。直線的な道を下る。先には山が見えるが、やはり採石場になっているのかだいぶ削られている感じの山だった。再び四つ角に出るが、ここでも間違い。右に折れて進んでしまってしばらく登るが、右手に大坂富士が見える。これはさきほど左に曲がったときの道路だろうと思い、再び四つ角まで戻る。どうも今日は道間違いばかりである。右に曲がって下っていく。単に直進すればよかっただけである。ずいぶん歩くと左右に通っている車道に出る。このあたりが宿戸らしい。左に進み、すぐ右に道が分岐するのでそちらに入る。たまに車も通る道のようだ。少し進むと下りになってうす暗い道をしばらく進むと橋に出る。かなり古い橋である。

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 先へ右に進んで国道に出る。左に折れてしばらく歩くと駅入口があり、左に折れれば平山駅はすぐそこだった。

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 時刻を確認するとやはり2時間待ちである。たぶんそうなるだろうと帰りは久留里駅まで歩こうと思っていた。トイレに立ち寄ってから再び歩き出す。国道を少し進むとバス停がある。早く帰るなら高速バスで千葉へ出ることもできるが、無視してそのまま進む。どんどん歩いていくが、さすがに長い。アップダウンもあってそれなりに歩かされる。だいぶ進んで橋を渡り、登り坂を頑張ると山の手前あたりから右に入る道があり、そこに石仏とともに六地蔵が置かれていた。

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 先に進む。さすがに昼間になってわずかに気温が上がったのでさきほどではないものの、やはり強風に吹かれるとそれなりに寒かった。そこを抜けて先に行くとそろそろ久留里が近くなる。右に久留里城跡への道が分かれていたが、さすがに立ち寄る気力はなかった。そのまま先へ進んでいくと左に久留里神社とあった。せっかくなので立ち寄ってお参りしていくことにする。

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 川があり、左には小さな池などもある。石段を登ると右にバタバタと音がしたので見るとキジが逃げていくのが見えた。こんな車道近くにいるのは吃驚である。手洗い水を触るとアルカリ度があるのか柔らかい水でわずかにぬるつきが感じられた。神社の建物は数年前の台風で一部倒壊したようだ。再建のための寄付をお願いする看板が立っていた。お参りする。

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 境内には水が出ている。生活に使われたもののようだ。先へ進むとやはり上総掘りで作られた井戸があり、水が滾々と湧き出していた。やはり久留里は水の街である。道路を走る車は多いが、このあたりからはしっかり歩道があるので有り難い。再び城跡に向かう道を右に見てさらに左に曲がって進んでいく。商店街に入ってさらに進む。だいぶ前に立ち寄ったことのある酒屋さんに入って酒を買った。先に進んで少し歩けば久留里駅の入口があり、左に折れて進むと駅だった。

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 人が多い。どうやら上総亀山行きの列車に乗ろうという人が多かったようである。反対側にもう始発列車がいた、平山駅で待つよりも早い列車である。一両編成だったが、あまり混んではおらず、木更津駅に出て帰宅した。

 

保田浅間山から鹿峰

2025020114(鹿峰から海を眺める)

保田浅間山から鹿峰は一般登山道ではありません。場所により笹薮の繁茂が酷く、尾根上は歩けないところもありました。最後の真福寺の手前あたりも道が笹薮となっています。いずれもルートファインディングが必要です。

【 山 名 】保田浅間山、鹿峰
【 山 域 】房総の山
【 日 時 】2025年2月1日(土)
【 天 候 】くもりときどき晴れ
【 ルート 】保田駅9:20→10:10保田浅間山→10:45デデッポーの足跡→11:05鹿峰→11:30真福寺→12:00不動堂→12:05秋葉神社→保田小学校(直売所立ち寄り20分)→12:50保田駅

☆保田浅間山へ

 久しぶりに保田の山に出かけてみる。事前に調べた限りだと保田浅間山はかなりマニアックな山になっているようだ。どこまで行けるか分からなかったし、不安はそれなりにあった。ちょっと遅く起きたので千葉駅で一時間近く待たなくてはいけなさそうな時刻であったが、錦糸町で急ぐと検索では出てこなかった列車に乗り継ぐことができた。千葉駅での乗り換え時間はわずか1分、それでも走ってみるとなんとか上総湊駅行きに乗り継ぐことができ、一時間早く着けることになった。

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 保田駅で下車して歩き出す。もちろん保田浅間山に向かう人などいるはずもない。駅近くの神社の横を通り、小さな踏切を渡って道路に出る。すぐ先の神社の横を曲がり、進んでいくと川に出る。橋を渡ってから左に折れると足立区の自然の家の表示がある。カーブの道を曲がりながら登ると自然の家の手前に権現山への道があるが、「立入禁止」の表示になっていた。話だけでも聞いてみようと自然の家に入ってみた。鍵はかかっていなかったが、この時間は管理人などはいそうにもなかった。権現山は最近登った記録はあまりなかったが、台風などで影響を受けたのだろうと思われた。諦めてカーブを降りて取りつくが、これもまた道というよりただの斜面を登れそうな所を探しながら登った。足場も悪く、注意しながら直登していくとコンクリートの段がある道に出た。

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 昔の登拝路なのであろう。その道をしばらく登ると道か分かれている。そのまま直登するのが正しい道だとは思ったが、右手に進む踏み跡はどこへ行くのか気になった。右の踏み跡を進んでしばらく進むと左に曲がり、やがて下へ下っていくようだった。どこかへ通じているのであろう。道はなかったが左へ尾根を登る。しばらく道なき所を登ると登りついた所は昔の浅間社が置かれていたであろうと思われる場所である。しかし、めちゃくちゃに倒壊していて、忘れ去られた状態であった。これでは登って来る人もいないであろう。

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 左手から先に進むが、やはり笹薮が繁茂している。

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 できるだけ左手を進むと登りになり、少し登って右手の笹が薄い所を進むと山頂らしき所に出る。左を見るとヤブのぎりぎりの所に山名板がぶら下がっているのを見ることができた。やはりここが保田浅間山であった。

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 さて、先に進むが、目の前は笹薮である。意を決して笹薮に突入するが、少し進むと笹薮が酷い状態になり、とても進めそうにない。諦めてわずかに戻ってから進行方向の右へ出る。少し尾根を外すとヤブは薄いが、それでも先はやはり笹薮である。少しだけ進んでから再び笹薮の中に突入するが、やっぱり少し進むとそれ以上は密藪で進めなくなる。やっぱりダメである。今回もわずかに戻って右へ出る。すると少しヤブの薄い所に出る。尾根は進むことができないので、トラバース気味に歩くしかなさそうだ。斜面を間違って下りそうではあるが、なんとか尾根の右を笹薮を少し漕ぎながら進むと広い所に出た。少し進むと右手に何やらゴミが散乱している。ここまでわざわざゴミを捨てに来ることは考えられず、ここに小さな小屋でも立てていたのではないかと思われるが、よく分からない。先にトラバース気味に進むが、右下へ落ちないように注意しながら進む。左は笹薮が酷く、とても歩けなさそうだ。しばらく進むと右下に向かって広い尾根が伸びていた。

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 笹薮もなく快適な尾根だ。ぐんぐん下っていく。調子に乗り過ぎて下り過ぎてしまったようだ。右手の尾根が高くなり、そちらに行かなくてはいけないのに、このままだと沢に下ってしまう。地図を見て登り返す。少し登り返すと左手に尾根が認められ、そこまで戻って左に進む。やはり笹薮が広がるが、左手はなんとか薄いヤブになっているのでそこを進む。下っていくとやがて先の方にテープが見える。こういうときのピンクテープは有り難い。他にもビニールテープが見つかった。

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 すぐ先が鞍部で、そこから登るがやはり笹薮である。でも踏み跡が笹薮の中に続いている。

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 その踏み跡に入って登り返しになる。しばらく進むと踏み跡は錯綜していて、どれを辿ればいいのかよく分からなくなる。倒木も多く、やはり台風の影響であろう。直登の踏み跡は辿れなくなり、右手に向かう踏み跡が比較的登りやすそうだ。それを辿り、右手に向かって登る。やはり倒木が邪魔するがなんとか登ると右から左に尾根が続いている。それを辿って左に登る。しばし登ると左に踏み跡が続いているのを見る。その踏み跡を少し進むと折り返すが、そこもまた踏み跡が怪しくなる。それでもなんとか斜面を登るとピークらしき所に辿りつく。

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 左に尾根が続いていて、そちらに向かうのが正しいのであろう。左へ進む。しばらく進むとやっぱり笹薮である。ただ、そんなに濃くはないので、薄い所を探しながら進む。比較的左側が薄いようだ。しばらく進んで登り、それから下りになる。軽く下ると右手にヤブだが、わずかにヤブがない所が見える。このあたりがデデッポーの足跡だと思われた。今はとても足跡にはみえないが、内田栄一氏「房総のやまあるき」には「確かに足跡の形をしており」と記載がある。当時は今ほどのヤブはなく、しっかり見ることができたのであろう。なぜか貝殻が木に付けられて風に揺れていた。

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 そこからはまた登り返しになる。やっぱり笹薮があるが、そんなに高いヤブではなく、足元にたくさん生えているという感じである。これも薄い所を探しながら進んでいく。

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 やがて少し尾根がきつい登りとなる。

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 もうそろそろ降りる予定の尾根が合流するはずと登っていくとやはり左からの尾根と合流する。わずか先に行くと道が左下から登ってきていて、そこには手製の道標があった。

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 先へ進む。比較的明瞭な感じの道を進む。しばらく進んで登り、小ピークを左から巻いて先に進む。さらに登るとそこが鹿峰の山頂、かなり古い山名板と少し新しい山名板が二つほど立っていた。すぐ後ろは大きな木が倒れていた。あまりランチにする気分にもなれない。右から巻いて進むと少し掘れたような所が見つかった。少し戻ると先に湾と海が見える。これだけの眺めであろう。山頂を後に下山することにする。往路を戻るが、小ピークを巻くところはこんな感じだったかなと思う。反対から来ると随分印象が違うものだ。再び道標の所まで戻り、そこから右に真福寺を目指す。

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 山道が認められ、それを追って下っていく。台風の後はかなり厳しかったのではないかと思われたが、多少は整備してくれたのだろうか。しばらく下るとだんだん山道は深くなり、枝や落ち葉がだいぶ積もっていて歩きにくくなる。途中にはやはり倒木で歩けない所があり、左や右の高い所を下るが、道はかなりの斜度で下っていて、また道はだいふ掘れているので道に戻るのもしんどい所が結構あった。

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 なんとか溜まった落ち葉などの上は歩かないようにして下っていき、何度も曲がりながら下っていく。ひたすら下ると右に道は離れていく。そこからはまたヤブ道の始まり、先に進むが、どこを歩くのが正しいのかよく分からない。進んでいくと左にフェンスがあるがヤブが多い。突き進むとフェンス横を進むようになるが足場が悪い。その先に作業用の乗り物があった。

 ところがその先少し行くと左下にフェンスは離れていき、右に登るとなんとかテープを見かけて先に行く。その先まで行くとまた笹薮。そこで進路がまた分からなくなる。右のあたりをしばらく進んでみたが、どうも道ではない。また戻り、テープの所まで戻る。笹薮のあたりを探すとやはり左手がなんとなく薄い。そこを進むとこれが道の続きだろうか、またテープをみかける。笹薮の中をかきわけながらそのまま進んでいくと古い砂などを入れる袋がいくつも捨てられている。その先に行くと倒木があり、それを乗り越えて道だったのではないかと思われる所を進む。また捨てられた袋を見かけ、笹薮の中を進むと急に舗装された道に飛び出た。右を見ると道があり、石灯篭が見えた。右に行ってみるとそこが真福寺であった。

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 事故もなく山を下りることができてホッとする。お寺でお参りする。今はもう訪れる人もほとんどなさそうだ。板碑はコンクリートで固められていた。石段を下ると道路に出る。近くには案内板がある。板碑は鎌倉時代のものらしい。ただ、割れてしまったようで昭和の時代にブロックに収めたと書かれていた。

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 ホッとした気分で道路を下っていく。だいぶ下って民家のあたりまで来ると水仙が咲いている。やはり房総と言えば水仙である。

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 道をそのまま進むと農地が広がるが、そのあたりにもたくさん水仙が咲いていた。さらに進んで長狭街道に出る。右に細い道に入って進むと道が分かれていて、左に進む。山に向かって登っていくが、しばらく登ると民家で道は終わっていた。どうも違うらしい。あたりを探したが、それらしい場所がない。やっぱり無理だったかなと思いながら少し戻ると細い道があった。それに入ってみると民家の間を進む。犬がいてワンワンと吠えられた。そのまま細い道を先に進むとそれらしい道が分かれていて、右に曲がって進むと不動堂に着く。

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 その横から道が始まっている。そちらを登る。少しザレていて急な登りが続くので足元に注意しながら登る。まださきほどの犬の鳴き声が聞こえていた。小さく曲がりながら登っていくとあまり山頂っぽくない所に登りつく。社があるが、固く閉じられていた。秋葉神社であろう。横には石碑と石祠がある。富士浅間大神と書かれている。富士講らしい。

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 さて、下りにかかる。やはりザレているのが心配である。慎重に下っていく。ピーと甲高い鳴き声が聞こえた。鹿のテリトリーらしい。そういえば登る時も小さな糞が大量に落ちていた。この道を根城にしているのだろう。下って不動堂に戻る。再び細い道に出て、右に行く。道はなくなって民家の裏手を進むとなんとか道路に出ることができた。高速の下をくぐって先へ行くと小学校の近くを通る。学校の斜面にも水仙がよく咲いていた。先の道を進んで左へ進む。いちご狩りをやっているらしく、ビニールハウスから何人か出て来た。長狭街道に出て、右にいく。のんびり歩いていくと保田小学校に出る。せっかくなので立ち寄ることにした。直売所に行って酒やくじらの大和煮缶などを買い込んだ。駅に向かう。普段ならばんやに立ち寄るところだが、まだ13時前、この時間に行くと人だらけで一時間待ちは当たり前なので行く気にならなかった。再び線路手前を右に入って小さな踏切を渡り、駅へ行く。

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 少し待てば列車が来るようだ、お昼を食べていなかったので持ってきたパンを待合所で食べて満足。やがて来た二両編成の列車はそれなりに座っていたが、まだ座席が空いていた。早い帰宅となった。

 

秋元城跡から鹿野山

2025011321(神野寺の大イチョウ)

秋元浅間山の先は私有地のようで2025年1月現在造成中でした。造成している人が看板を出す予定で今後通れなくなると言ってました。分県登山ガイド千葉県の山に書かれている道でしたが、秋元浅間山は秋元城跡から往復とした方が良いです。秋元城跡から秋元浅間山付近はロープが付く急峻な所や崖が多いので足回りや行程に十分注意を。

【 山 名 】秋元城跡、鹿野山
【 山 域 】房総の山
【 日 時 】2025年1月13日(月)祝
【 天 候 】曇り
【 ルート 】猪原バス停9:05→9:30秋元城跡入口→9:45本丸跡→10:15秋元浅間山→造成地→10:35国道のカーブ→古道→11:05九十九谷展望公園11:15→11:20白鳥神社→11:25白鳥峰→11:40神野寺→12:10鳥居崎→12:25牧場入口バス停

☆秋元城跡から

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 久しぶりに鹿野山に行くことにした。秋元城跡と前回歩かなかった白鳥峰も行ってみたい。木更津へ行き、まだしぶとく残っている鴨川行きのバスに乗る。今日は三連休の最後のせいかどうか、わずかに三人の乗車、一人はすぐに下車したが、一人乗ってきて先へ進んでいく。猪原バス停で一人下車する。

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 やはり少し寒い。道路を少し歩いて鹿野山の表示のある右の道に入ると車の通りもあまりなく、静かな道である。緩やかに下って進んでいくと右下から水音が聞こえる。左には小さいが川があるようだ。先へ進んでいくとやがて分岐があり、右の橋を渡る。川はそれなりに水量があるようだ。昨日もおそらく雨が降ったのではないか。左へ進んでいくと西粟倉の信号に出る。右に進み、左に九十九谷の表示を見て、さらにしばらく進む。コミュニティバスの表示を見る。随分前に乗った覚えがあるが、今もあるようだ。もうしばらく進むと秋元城跡の表示があった。

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 看板をちょっと見て少し先の入口から入る。少し登ると左に青鬼大神の碑というところがある。そちらへ入ると少し笹の生えたヤブっぽい道になる。この寒さだから良いけれど、暑い時期には入りたくない所である。踏み跡らしいものを辿って奥へ行く。かなりの笹のヤブだが、なんとなく踏み跡はある。左奥に行ってみたが何もない。少し戻るとまた踏み跡が見つかり、それを辿ると石碑があったが、もう倒れていた。こうして忘れ去られていくのであろう。

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 踏み跡をたどって慎重に往路を戻る。この平地は根古屋という場所らしい。左に見て進むと古い甕のような残骸があった。当時のものだろうか。先から城跡への道を登るが、なかなか急峻だ。石段や木段もあるが、わずかに水がポタポタと流れている場所もあった。しばらく登ると右に道が分かれているが、そちらは違うようで左に標識があってそちらに登ればよいらしい。急な階段状の道を登ると城跡の中に入った。千畳敷と呼ばれる場所のようで広い平地である。ここは戦国時代の城跡で、秋元氏が城主でこの城を築き、後に里見氏の支配下に入ったようである。

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 左手が本丸のようでこんもりしている。

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 少し先に進んでから取りつくと一段登ってまだ先に高い所がある。少し進んで高い所に登る。しっかりと土塁が構築されている。

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 そこからは鹿野山をよく見ることができた。下には広い場所が見える。右から下り、左へ下れそうなので緩やかな道を下る。小広い場所を通り、秋元浅間山に向かう。振り返るとやはり城跡らしい眺めであった。

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 先からはそれなりの急な登りになり、倒木などで進路が分かりにくい所もある。

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 いくつかのルートがあるようだが、左手の踏み跡を進むと左下が崖になっていたりするので少し慎重になる。その先は倒木も出てきて、それを乗り越えて進まないといけない所もあった。さらに空堀のような所も通る。登っていくと尾根になり、しばらく進むとその先が崖のようになっている。降りられなくもないが、危険そうなので少し戻るとテープが付いていて、左下にトラロープの付いた急な下りとなる。これさえもかなり段差が大きい下りで慎重に下ると降り立つことができる。やはり大きな空堀のようである。

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 先へ登る。しばらく登ると左へ曲がるが、尾根は登らず、右へトラバースする。少し右へ登って折り返し、尾根に再び出るが、そこから再び右へトラバースである。道が細いので注意して進むと右下からの尾根に出る。右下へ道もありそうだが、ここは尾根を左へ登る。急な尾根をしばらく登ると左が少し開けていて明るい。もうだいぶ登ってきた感じがある。さらに登るとロープの付いた所もある。右側は少し崩れたような雰囲気である。さらに登ると太いロープの付いた急登も出てくる。

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 このあたり、結構厳しい。

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 それでも登っていくと少し暗い樹林の中をさらに登って、ようやく秋元浅間山の山頂に着く。

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 樹林に囲まれている寂しい山頂、正面には大きな石祠が置かれている。どうやってこの山上まで持ち上げたのだろうかと思う。

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 水を飲んで先に進む。わずかに進んで右に急な斜面を降りる。すると道らしき所に降り立った。先に進むと右に緑色のフェンスみたいなものが張られている。動物避けだろうかと思いながら進んでいくと左手に何やら構造物がある。どうやら造成中の雰囲気だ。歩けるのだろうかと不安になりながら先に行く。しばらく進むとやはり造成していると思われる人たちがいた。近くに出て挨拶すると、看板を立てる予定だが、この道は通れなくなる予定ですとのことだった。今日は大丈夫だったらしい。山もどんどん変わっていくようだ。先へ進んでいくが、道なのかどうなのか微妙な所を進む。なんとか道の続きを辿り、進むと造成地のフェンスがなくなってホッとする。急降下で下ると左右に通っている道に出て、右に進む。しばらく進んでいくと別な道に出た。ちょっと塞がれている感じがあったが、左に出ると大きな道路に出る。少し先に進んだが、家があるだけで句碑がない。おかしいなとちょっと戻ってさきほどの道に戻ると先に案内板らしきものがあり、そこへ行ってみると芭蕉句碑があった。案内板は薄れていたが、別な位置に置かれていたものを移設したようだ。写真などを撮っていたら、先の方で何やら怒鳴り声を上げている近くの住民と思われる方がいる。おまえそこにいただろう、みたいな事を言われたのでいましたと返事をすると今一つ要領を得なかったが、どうやら地図を見ながら近くを歩いていたのが気に入らなかったらしい。ひどい暴言も投げかけられた。そそくさと退散して道路に戻る。ここは私有地なのか微妙だが、ただの道のようにも思える。まあ、もう二度と来るところでもないし、さきほどの造成地が通れなくなれば、同じような目に会う人もいないであろう。

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 古道に入る。しかし、気分を害した。樹林の中の道をしばらく歩いていく。たまには歩く人がいるようで問題はないが、分岐がある。左は行き止まりになるようで、右へ入るのが正しそうだ。その先へ進んでも問題はなかったが、わずかに道が分かりにくかった所が一か所あった。それでも緩やかに登っていくと左に施設を見て道路に出た。車の通りの多い道をしばらく登ると九十九谷展望公園に着く。

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 左は展望台のようになっていてベンチなどもある。日差しがポカポカと暖かく、悪くなった気分を落ち着かせるために、ベンチに座って眺めを楽しみながら昼食とした。

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 お腹も落ち着いた所で先へ進むことにする。道路を少し進むと右側に神社の石段が出てくる。石段を登ると白鳥神社である。

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 お参りしてから右の道を登る。お年を召された女性が二人降りて来た。もう少し先へ登ると白鳥峰の山頂である。富士講の富士山みたいなごつごつした石造りのものが置いてあり、回り込むと「日本武草薙」と書かれていた。

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 下りはあっという間、すぐに神社に降り立ち、石段を下りて道路に出る。右へしばらく道路歩きである。進んでから左に曲がって少し登り、右へ行くと神野寺に出る。まだ初詣という雰囲気が残っていて、出店もいくつか出ていた。その中を通り、神野寺にお参りした。

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 お寺を出て、右に行くと大きな木が寺の境内にある。大イチョウらしい。案内板などはないが、ネットの情報だとサイズが6.2mくらいあるらしい。十分に巨樹である。すぐ近くにバス停があり、佐貫町駅行きのバスが後50分後くらいにあるようだ。道路をさらに進んでいく。しばらく歩くと観測所入口近くに以前にも見た古い道標が今も置かれている。

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 さらに先に緩やかに下っていき、牧場入口のバス停を見てさらに先へ行く。しばらく歩くと左に造成地のフェンスを見るが、その手前に鳥居崎の説明版がある。もうだいぶ古びているようだ。その横を通って鳥居崎に向かう。以前にも歩いているが、だいぶ草が伸びている。もうほとんど来る人もいないようだ。あまり良い雰囲気ではないが、先へ進んでいくと以前にも見た鳥居埼の石碑があった。

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 時計を見ると戻ればさきほど見た12時台のバスに乗れそうだ。予定ではこの先へ歩くつもりだったが、さきほどの事もあり、気分が悪い。やはりさっさと帰ることにしよう。再び往路を戻り、春日山のバス停に出る。時間がありそうなので、マザー牧場まで歩こうかと先へ少し歩いた。しかし、少し先へ進むともうバスがやってきた。これは神野寺行きのバスだが、戻ってくるまでの時間はそんなに長くはない。時間的にマザー牧場まで行けるか心配になった。無理するより戻った方が良さそうなので戻ることにした。しばらく戻るが、なんとなくこのバス停で待つ気になれず、もう一つ先のマザー牧場入口のバス停へ行く。まだバスが来るまで十数分あった。

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 日陰だし風もあって寒い。なかなか時間が経たず、ようやく来たバスはやはり誰も乗っていなかった。しかし、中国人か韓国人か、マザー牧場で大きな旅行用トランクを持った人が乗り込んだ。結局、駅までその人と二人だけだった。このバスはSUICAなどは使えず、現金のみな上に新札は両替に使えないようである。持っていたのが新札の千円札だけだったので、困った。しかし、580円とこのご時世にしてはあまり高くない料金だったのでなんとか持っていた小銭で払えて助かった。

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 駅近くはあまりお店などはない。しばらく待って来た列車は二両編成の車両、座席の空きが少なく立って乗る。しかし、君津駅で乗り換えられたので、座ることができた。千葉駅の駅中でお土産を買い込んで帰宅した。

 

三王山

2024032404(菜の花多し)

【 山 名 】三王山
【 山 域 】茨城の山
【 日 時 】2024年3月24日(日)
【 天 候 】晴れのちくもり
【 ルート 】長倉宿バス停9:50→10:35三王山10:45→11:30蒼泉寺→12:05四季彩館13:45→14:00四季彩館入口バス停

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☆三王山へ

 日曜日向きの軽い山に行く。どちらかというと山というよりはただのウォーキングに近い。普通は車で近くに来た時に立ち寄るくらいの山だし、ほとんど道路歩きである。わざわざこの山を目指してバスで行くようなやつは自分くらいのものだろう。久しぶりに水戸駅から茂木行きのバスに乗る。やはり大学を過ぎると人が減るが、この日は家族連れが乗っていた。茂木のアトラクションなどを楽しみに行くのだろうか。途中でも乗ってきては降りていく人がそれなりにいるようだった。御前山のバス停を過ぎて、さらにだいぶ走った長倉宿でようやく下車する。

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 さすがに今日は暖かい。ダウンを着ていたが、これはいらないだろうとすぐに脱ぐ。少し先を左に曲がり、わずかに進むと左手に神社らしき建物がある。左に入ってみるとやはり神社、先にも鳥居があったが、参道の途中にある鳥居まで行く。神社はそれなりに古いもののようだ。天満神社と案内板があった。安全をお参りしておく。神社の建物には寄せ書きがあり、「戦争が終わりますように」と言ったことが書かれていた。

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左に進むと案内板があった。左に出て、道路を三王山に向かう。緩やかに舗装された道を登っていく。たまに車が来るが、そんなに通行量は多くなさそうだ。特に何もなく、山が先に見えるだけ、淡々と道路を進む。緩やかな道はたまに下りもある。随分歩くと右に道を分岐する。すぐ先に道標があって、三王山はまだ先のようである。もうしばらく歩いていくと右手に集落が出てきた。あたりには菜の花が咲き、桃源郷である。道が分岐していて、帰りはそちらに下るようだ。

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 そのまま先へ進み、さらに左へ曲がって菜の花を見ながら登っていく。そのあたりからは遠くの山々が見え、よい雰囲気である。近くでは地元の方が畑仕事をしていた。のんびり登ると右上に何か小屋のようなものが見えて、さらに先に進むともう山頂直下のようだ。左に木段道があり、上に展望台が見える。しばらく登ると展望台のある山頂に着く。残念ながら展望台は老朽化で利用不可である。すぐ右に三等三角点があり、写真を撮った。

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 三角点がポツリと置かれていた。

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 山頂付近には木があり、少し眺めが邪魔されるが、御前山などの低い山々が並んでいるのを見ることができる。反対側は樹林に邪魔されて展望台の上からでないと眺めはないようだった。明るい草地に座り込み、早い昼食とする。サンドイッチを買ってきたので開けたが、ふと上を見るとトンビが大きく輪をかきながら旋回している。狙われている感じがあったので、そそくさとザックに隠すように食べたので、あまり食べた気がしなかった。寒くなく、人もおらず、静かでのんびり、ぼんやりとした時間を過ごした。

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 さて、早いが下山となる。草地を適当に下に降りる。樹林の中を適当に左めに下ると問題なく道路に降りることができた。少し先に行ってみると案内板とトイレがある。案内板を見るとあたりにはバーベキューなどができる施設があるようだ。この時期はやっていないのか人影はない。再び道路を降りていく。地元の人らしく荷物を持たないおじさんに会った。さきほどの畑の向こうには遠くに山が見えて、いかにも山上の畑の雰囲気が良い感じだった。こんな春の雰囲気には相応しい景色に思えた。さらに下って、さきほどの分岐から左に曲がって下っていく。近くの民家に犬がいて、少し吠えられたが、家の縁側におばあさんが座っていて、こんにちはと声を掛けられたので、こちらも挨拶を返す。菜の花が多く、春の雰囲気を楽しみながら下る。右の畑にはヤギも飼われていた。

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 緩やかに曲がって下っていくと一軒のお宅の横にシダレザクラが咲いていた。残念ながら色は今一つだったが、もうちらほらと散り始めていて、そこだけ淡い春の雰囲気が漂っていた。

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 さらに下っていく。山村の雰囲気が残っている感じでもある。しばらく下って道路を進むと右に道が分かれるが、そこではないらしい。そのまま先に進むと再び道が分かれていて、そこに道標があった。右の道を進み、緩やかに登り返してさらに先を緩やかに下っていくと蒼泉寺に着く。中に入ってお参りする。入口には石仏かいくつか置かれていた。

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 寺を出て、わずかに進むと左側に長倉城跡と書かれた道標がある。せっかくなので入ってみる。左に曲がって少し進むと長倉城跡の案内板がある。道が分かれていて、先に行けば城跡の中心部に行けそうではあったが、なんとなく足を踏み入れる気にならず、そのまま戻った。

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道をのんびり下っていくと横に通っている道路に出る。右に曲がって進めば、バス停に出るはずだが、手前の道で道標があり、左に折れて温泉に向かう。少し先に行くと左側に高い松の木が残されている。その先は台地の端になっていて、道路を進むと右手に下っていく道となる。眼下に畑や民家などを見ながら下る。右手の先の方に温泉の施設が見えてきた。一度下ってから大きく登り返さなくてはいけない。下って道路を進み、右手に進んでから左に折れて温泉に向かう。温泉への登り道は今日一番のきつさだった。

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 やっと御前山温泉四季彩館に着いて入浴する。さすがにお昼過ぎの時間ということもあり、空いていてのんびりと入浴した。時間が余り、バス時間よりもかなり早く施設を出る。バス停は御前山車庫方面は坂の途中だったが、水戸駅方面は通行量の多い道路の方にあった。

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 しばらくバス停で御前山などを眺めながらのんびりとバスを待つ。やがて数人乗っているバスがやってきた。地元の人が買い物なのか、途中でときどき乗り降りがあるようだ。やはり水戸駅までは長かった。いつものようにお土産を買い込んで帰宅した。

 

西山(おにしやま)

3/9は茨城へ。山登りというよりは丘陵ウォーキングのようですが、出かけてみます。

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相変わらずのどたばたで、常陸太田駅の一つ前の谷河原駅で下車。

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しばらく歩きますが、風がビュービュー。帽子も飛ばされそうになりました。佐竹寺に着きました。残念ながら境内は撮影禁止でした。本堂はかなり古い茅葺屋根。

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ちょっと迷いましたが、なんとか山寺水道の案内板。このあたりに江戸時代にトンネルを掘って地下水を井戸に供給していたようです。その先に山寺水道の碑もありましたが、藪かかっていました。

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再びしばらく歩いてまたちょっと迷いそうになったものの、なんとかハイキングコースの案内板。

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左へ進むと永田勘衛門(円水)のお墓。金山の採掘、土木、水利事業などを担当した鉱山師だったようです。

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戻って先へ進むとこれも藪に消えそうな久昌寺遺跡。徳川光圀の母方が埋葬された経王寺というお寺をこの地に移して、往時は3千人の僧侶が学んでいたとか。その後荒れてしまったので、現在の久昌寺に移転したそうです。

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少し先に行くと当時に掘られたという洞門。通れなくはないものの、さすがに通りたくないです。右手にハイキングコースがありました。

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しばらく歩いていくと四つ角に出て、歴史の道を西山荘に向かいます。

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ということで西山御殿(西山荘)到着。入園料は¥1500とちょっと高い。でも、たぶん再び訪れることも無いだろうと入って見ます。

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茅葺屋根の建物が残されています。徳川光圀が晩年を過ごした場所。あまり中へ入ることができず、外から見ることが多いので、訪れるなら晴れた日がお勧め。書斎と寝室も外から眺める感じでした。

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近くにあった杉の木もかなりの高さでした。庭園の先へ登ってみましたが、特にこれというものはなかったです。ごく普通に山の情景を取り入れた感じでした。

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しばらく歩いて西山公園。展望台があったので登ってみると、遠くには奥久慈の山を見ることができました。

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さらにしばらく歩いて義公廟。建物自体は昭和16年に作られたもののようです。

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このあたりには埴輪の窯跡があったそうな。

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雪村の碑。書かれている字は、横山大観が書いたものらしいです。

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さらに歩いて山寺晩鐘の碑。この時はただの石かと思ってましたので通り過ぎましたが、後ろ側に文字があったらしいです。

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急降下の木段を下ると運動公園に出ました。

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のんびり歩いて見覚えのある常陸太田駅に出ました。しかし、列車の本数が少なく、1時間半待ちでした。

 

房総の経塚山へ

1/8は再び房総へ。

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館山駅からバスに乗り、終点の川谷バス停で下車。

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やっぱり水仙!

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見えているのは石堂山でしょうか。

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しばらく歩き集落の終わりを過ぎてため池があり、そこが登山口。

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房総の山道らしく枝などがたくさんありますが、このくらいはたいしたことないです。途中の大谷分岐。

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登っていくと左が少し開けて見えるのが経塚山かな。

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樹林の中を進みますが、やはり山深い雰囲気。

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道は巻いているのですが、藪を少し進んで石堂山のピークに立ち寄ってみたら最近付けられたと思われる山名板がありました。

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道に復帰して先に進んでいきます。樹林が邪魔しますが、肉眼では大きな山が見えてきました。

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周囲道と書かれた道標を見て左から回り込むように登っていくと犬切分岐にはショベルが立ってました。

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わずかに先が経塚山の山頂。樹林が切られていて眺めが良いです。

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反対側には海を眺められました。ゆっくり食事。

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先へ行ってみるとアンゴ岩(蛙石)がありました。

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山頂へ戻る途中に同じバスだったと思われる人に会いました。風も冷たく、やっぱり山頂で長居はできないので、下山にかかります。

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下っていくと山神社がありました。

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さらに下ると犬切の集落に出ました。

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犬切にはバスは来ないので歩きます。途中、御殿山ハイキングコースの表示がありました。

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川谷バス停に戻りましたが、帰りのバスまで2時間50分待ち。そんな待てないよ~と先に進んで石堂寺というお寺に立ち寄ります。

ここは案内板によると神亀三年(726)に創始されたという古刹。本堂は室町時代に創建されたというすごいお寺。国指定重要文化財に指定されているようです。

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こちらは多宝堂。こちらも室町時代の建立だそうな。

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薬師堂。こちらは桃山時代の建立だそうです。他にも閻魔堂、山王堂などなど文化財クラスの建物がいくつもあります。

ここで2時間時間を潰そうかなとも思ったけれど、天気も良いし、やっぱり歩くことにしました。

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ひたすら道路を歩いていきます。右へ行けば千倉駅方面ですが、左に進むことにしました。

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ということで南三原駅という小さな駅まで歩いて終了。8Kmぐらいはあったでしょうか。でも、快晴の天気の中、楽しく歩けました。

 

嶺岡大塚山へ

2024年最初の歩きは房総へ。

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新年も相変わらずのポカで、乗り間違えて予定の山に間に合わず、急遽選んだのが嶺岡大塚山。木更津駅から鴨川行きのバスに乗り、長狭中前バス停で下車。歩き出すと今日登る山が見えました。真ん中奥が房総最高峰の嶺岡愛宕山、右手が嶺岡大塚山や嶺岡馬ノ背などと思われます。

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やっぱり房総らしく水仙が咲いていました。

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細野天満宮に立ち寄りました。

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もう梅が咲き出していました。暖冬の冬ですからね。

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しばらく歩いて長安寺というお寺に立ち寄り。

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ここは長狭七福神というのがあるようです。毘沙門天でした。

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しばらく歩いて愛宕神社。石宮は巨大でした。

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神社の近くからは少し木が邪魔するものの眺めがありました。

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先へ進んで山道に取り付くと嶺岡中塚山に到着。石祠が二つほどありました。

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わずかに木の間から眺めがありました。

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嶺岡大塚山に向かいます。藪くぐり、急登とこなすと左に愛宕山が近く見えましたが、ここはかなり危険。細い崖横を歩くことになりました。小ピークを巻くか、一般的には嶺岡馬ノ背を回った方が良いと思いますが、馬ノ背から嶺岡大塚山への道は荒れているのでちょっと厳しいです。

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ということで嶺岡大塚山に到着。静かなピーク。

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近くには少し大きな木がありました。

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樹林の中で寒いのでさっさと先へ下りますが、踏み跡が薄く、なかなかシビア。旧道に出ますが、この倒木の先へ行くことになります。細い道は荒れていて少し崩壊気味でした。

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やっと石段が出て来て、そこには道標もあり、ちょっと安心。

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道を登ると大日様に出ますが、眺めが広がり良い場所。風が強くて少し寒かったです。

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くりぬかれた岩に石祠がはめられていました。ちなみに手前は溝があります。

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先に進むと馬ノ背の山頂と思われる岩。少し先まで進みましたが、下ってしまうので戻りました。

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下っていくと問題なく民家の近くの道路に出ました。左へ山名の鉱泉という所へ行ってみましたが、よく分からず、トイレは使えない状態でした。バス停に向かうことにしました。

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しばらく道路を歩いていくと古泉千樫生家という表示がありました。明治の頃の歌人だそうな。歌碑や椿の井戸などがありました。

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さらに歩けば、熊野神社。お参りしました。

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再び長狭中前のバス停に戻りました。しばらくバスを待って鴨川駅に出て帰りました。

 

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