城跡巡り

後閑城址公園

2025032052(公園付近からの噴煙上げる浅間山)

後閑城址公園は初めてきたので、見て回りました。

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まずはこじんまりした休憩舎のある北廓。石仏が端に置かれていました。

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掘割の先に巨木。なんの木でしょうか。

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掘割がありますが、道みたいにかなり大きい。今はこうだけど、実際はもっと深かったのかもしれませんね。

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右手には西廓。行かなかったけど、もう一つあるようでした。

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本丸に向かいます。

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妙義山の眺めが良い感じ。

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広い本丸に着きます。

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やたらと庚申塔が立っていて、あまり見たことのない雰囲気。百庚申の案内板がありました。それによると寛政九年(1797)から十二年にかけて旧後閑城の家臣と称する人達が発起人となって本丸跡に建てたそうです。128基あるそうな。

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向こうには雪山が。赤城山とかですかね。

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やっぱり本丸跡は広いです。

後閑城は、依田氏の城でしたが、箕輪城が武田信玄によって攻略されると没落して新田信純が城主となり、後閑氏を名乗った。武田氏が滅亡すると北条氏に属したが、北条氏の滅亡とともに廃城となったそう。

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東廓に降りて行きました。こちらも広い場所でした。

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先には二の丸。

自分は行かなかったけど、他にも南廓があるそうな。やはり広い城跡でした。

 

秋元城跡から鹿野山

2025011321(神野寺の大イチョウ)

秋元浅間山の先は私有地のようで2025年1月現在造成中でした。造成している人が看板を出す予定で今後通れなくなると言ってました。分県登山ガイド千葉県の山に書かれている道でしたが、秋元浅間山は秋元城跡から往復とした方が良いです。秋元城跡から秋元浅間山付近はロープが付く急峻な所や崖が多いので足回りや行程に十分注意を。

【 山 名 】秋元城跡、鹿野山
【 山 域 】房総の山
【 日 時 】2025年1月13日(月)祝
【 天 候 】曇り
【 ルート 】猪原バス停9:05→9:30秋元城跡入口→9:45本丸跡→10:15秋元浅間山→造成地→10:35国道のカーブ→古道→11:05九十九谷展望公園11:15→11:20白鳥神社→11:25白鳥峰→11:40神野寺→12:10鳥居崎→12:25牧場入口バス停

☆秋元城跡から

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 久しぶりに鹿野山に行くことにした。秋元城跡と前回歩かなかった白鳥峰も行ってみたい。木更津へ行き、まだしぶとく残っている鴨川行きのバスに乗る。今日は三連休の最後のせいかどうか、わずかに三人の乗車、一人はすぐに下車したが、一人乗ってきて先へ進んでいく。猪原バス停で一人下車する。

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 やはり少し寒い。道路を少し歩いて鹿野山の表示のある右の道に入ると車の通りもあまりなく、静かな道である。緩やかに下って進んでいくと右下から水音が聞こえる。左には小さいが川があるようだ。先へ進んでいくとやがて分岐があり、右の橋を渡る。川はそれなりに水量があるようだ。昨日もおそらく雨が降ったのではないか。左へ進んでいくと西粟倉の信号に出る。右に進み、左に九十九谷の表示を見て、さらにしばらく進む。コミュニティバスの表示を見る。随分前に乗った覚えがあるが、今もあるようだ。もうしばらく進むと秋元城跡の表示があった。

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 看板をちょっと見て少し先の入口から入る。少し登ると左に青鬼大神の碑というところがある。そちらへ入ると少し笹の生えたヤブっぽい道になる。この寒さだから良いけれど、暑い時期には入りたくない所である。踏み跡らしいものを辿って奥へ行く。かなりの笹のヤブだが、なんとなく踏み跡はある。左奥に行ってみたが何もない。少し戻るとまた踏み跡が見つかり、それを辿ると石碑があったが、もう倒れていた。こうして忘れ去られていくのであろう。

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 踏み跡をたどって慎重に往路を戻る。この平地は根古屋という場所らしい。左に見て進むと古い甕のような残骸があった。当時のものだろうか。先から城跡への道を登るが、なかなか急峻だ。石段や木段もあるが、わずかに水がポタポタと流れている場所もあった。しばらく登ると右に道が分かれているが、そちらは違うようで左に標識があってそちらに登ればよいらしい。急な階段状の道を登ると城跡の中に入った。千畳敷と呼ばれる場所のようで広い平地である。ここは戦国時代の城跡で、秋元氏が城主でこの城を築き、後に里見氏の支配下に入ったようである。

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 左手が本丸のようでこんもりしている。

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 少し先に進んでから取りつくと一段登ってまだ先に高い所がある。少し進んで高い所に登る。しっかりと土塁が構築されている。

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 そこからは鹿野山をよく見ることができた。下には広い場所が見える。右から下り、左へ下れそうなので緩やかな道を下る。小広い場所を通り、秋元浅間山に向かう。振り返るとやはり城跡らしい眺めであった。

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 先からはそれなりの急な登りになり、倒木などで進路が分かりにくい所もある。

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 いくつかのルートがあるようだが、左手の踏み跡を進むと左下が崖になっていたりするので少し慎重になる。その先は倒木も出てきて、それを乗り越えて進まないといけない所もあった。さらに空堀のような所も通る。登っていくと尾根になり、しばらく進むとその先が崖のようになっている。降りられなくもないが、危険そうなので少し戻るとテープが付いていて、左下にトラロープの付いた急な下りとなる。これさえもかなり段差が大きい下りで慎重に下ると降り立つことができる。やはり大きな空堀のようである。

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 先へ登る。しばらく登ると左へ曲がるが、尾根は登らず、右へトラバースする。少し右へ登って折り返し、尾根に再び出るが、そこから再び右へトラバースである。道が細いので注意して進むと右下からの尾根に出る。右下へ道もありそうだが、ここは尾根を左へ登る。急な尾根をしばらく登ると左が少し開けていて明るい。もうだいぶ登ってきた感じがある。さらに登るとロープの付いた所もある。右側は少し崩れたような雰囲気である。さらに登ると太いロープの付いた急登も出てくる。

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 このあたり、結構厳しい。

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 それでも登っていくと少し暗い樹林の中をさらに登って、ようやく秋元浅間山の山頂に着く。

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 樹林に囲まれている寂しい山頂、正面には大きな石祠が置かれている。どうやってこの山上まで持ち上げたのだろうかと思う。

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 水を飲んで先に進む。わずかに進んで右に急な斜面を降りる。すると道らしき所に降り立った。先に進むと右に緑色のフェンスみたいなものが張られている。動物避けだろうかと思いながら進んでいくと左手に何やら構造物がある。どうやら造成中の雰囲気だ。歩けるのだろうかと不安になりながら先に行く。しばらく進むとやはり造成していると思われる人たちがいた。近くに出て挨拶すると、看板を立てる予定だが、この道は通れなくなる予定ですとのことだった。今日は大丈夫だったらしい。山もどんどん変わっていくようだ。先へ進んでいくが、道なのかどうなのか微妙な所を進む。なんとか道の続きを辿り、進むと造成地のフェンスがなくなってホッとする。急降下で下ると左右に通っている道に出て、右に進む。しばらく進んでいくと別な道に出た。ちょっと塞がれている感じがあったが、左に出ると大きな道路に出る。少し先に進んだが、家があるだけで句碑がない。おかしいなとちょっと戻ってさきほどの道に戻ると先に案内板らしきものがあり、そこへ行ってみると芭蕉句碑があった。案内板は薄れていたが、別な位置に置かれていたものを移設したようだ。写真などを撮っていたら、先の方で何やら怒鳴り声を上げている近くの住民と思われる方がいる。おまえそこにいただろう、みたいな事を言われたのでいましたと返事をすると今一つ要領を得なかったが、どうやら地図を見ながら近くを歩いていたのが気に入らなかったらしい。ひどい暴言も投げかけられた。そそくさと退散して道路に戻る。ここは私有地なのか微妙だが、ただの道のようにも思える。まあ、もう二度と来るところでもないし、さきほどの造成地が通れなくなれば、同じような目に会う人もいないであろう。

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 古道に入る。しかし、気分を害した。樹林の中の道をしばらく歩いていく。たまには歩く人がいるようで問題はないが、分岐がある。左は行き止まりになるようで、右へ入るのが正しそうだ。その先へ進んでも問題はなかったが、わずかに道が分かりにくかった所が一か所あった。それでも緩やかに登っていくと左に施設を見て道路に出た。車の通りの多い道をしばらく登ると九十九谷展望公園に着く。

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 左は展望台のようになっていてベンチなどもある。日差しがポカポカと暖かく、悪くなった気分を落ち着かせるために、ベンチに座って眺めを楽しみながら昼食とした。

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 お腹も落ち着いた所で先へ進むことにする。道路を少し進むと右側に神社の石段が出てくる。石段を登ると白鳥神社である。

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 お参りしてから右の道を登る。お年を召された女性が二人降りて来た。もう少し先へ登ると白鳥峰の山頂である。富士講の富士山みたいなごつごつした石造りのものが置いてあり、回り込むと「日本武草薙」と書かれていた。

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 下りはあっという間、すぐに神社に降り立ち、石段を下りて道路に出る。右へしばらく道路歩きである。進んでから左に曲がって少し登り、右へ行くと神野寺に出る。まだ初詣という雰囲気が残っていて、出店もいくつか出ていた。その中を通り、神野寺にお参りした。

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 お寺を出て、右に行くと大きな木が寺の境内にある。大イチョウらしい。案内板などはないが、ネットの情報だとサイズが6.2mくらいあるらしい。十分に巨樹である。すぐ近くにバス停があり、佐貫町駅行きのバスが後50分後くらいにあるようだ。道路をさらに進んでいく。しばらく歩くと観測所入口近くに以前にも見た古い道標が今も置かれている。

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 さらに先に緩やかに下っていき、牧場入口のバス停を見てさらに先へ行く。しばらく歩くと左に造成地のフェンスを見るが、その手前に鳥居崎の説明版がある。もうだいぶ古びているようだ。その横を通って鳥居崎に向かう。以前にも歩いているが、だいぶ草が伸びている。もうほとんど来る人もいないようだ。あまり良い雰囲気ではないが、先へ進んでいくと以前にも見た鳥居埼の石碑があった。

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 時計を見ると戻ればさきほど見た12時台のバスに乗れそうだ。予定ではこの先へ歩くつもりだったが、さきほどの事もあり、気分が悪い。やはりさっさと帰ることにしよう。再び往路を戻り、春日山のバス停に出る。時間がありそうなので、マザー牧場まで歩こうかと先へ少し歩いた。しかし、少し先へ進むともうバスがやってきた。これは神野寺行きのバスだが、戻ってくるまでの時間はそんなに長くはない。時間的にマザー牧場まで行けるか心配になった。無理するより戻った方が良さそうなので戻ることにした。しばらく戻るが、なんとなくこのバス停で待つ気になれず、もう一つ先のマザー牧場入口のバス停へ行く。まだバスが来るまで十数分あった。

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 日陰だし風もあって寒い。なかなか時間が経たず、ようやく来たバスはやはり誰も乗っていなかった。しかし、中国人か韓国人か、マザー牧場で大きな旅行用トランクを持った人が乗り込んだ。結局、駅までその人と二人だけだった。このバスはSUICAなどは使えず、現金のみな上に新札は両替に使えないようである。持っていたのが新札の千円札だけだったので、困った。しかし、580円とこのご時世にしてはあまり高くない料金だったのでなんとか持っていた小銭で払えて助かった。

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 駅近くはあまりお店などはない。しばらく待って来た列車は二両編成の車両、座席の空きが少なく立って乗る。しかし、君津駅で乗り換えられたので、座ることができた。千葉駅の駅中でお土産を買い込んで帰宅した。

 

衣笠城跡へ

2/18は横須賀へ。

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横須賀中央駅からバスに乗ったけれど、スマホで調べたバスはどうやらかなり手前だったみたい。もっと先へ行くバスに乗れば良かったのですが、かなり失敗。佐野四丁目という所で下車したけれど、衣笠城跡はかなり先。随分歩かされて、いろいろ迷いましたが、なんとか衣笠城跡への道に入れました。古い石祠はもうお顔もなくなっている感じ。

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城跡に向かうともう河津桜系の早咲きの桜が満開でした。

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道を登っていくと不動井戸。諸国行脚中の行基が杖で岩を打つと清水が湧き出たという伝説の井戸のようです。

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すぐ先に石段があり、それを登ると大善寺。三浦一族の仏教信仰の中心となった場所で、不動尊は後三年の役の時に為継を守ったということで「矢取不動」の名があるそうです。

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城跡に入り、右手に進むと石碑や御霊神社などがありました。

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一番高い所に行ってみると行き止まり。下には道らしきものがありますが、今は通行できないようです。岩場の左下にはくりぬいた穴などが見えました。

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戻って静かな城跡でベンチに座って簡単な昼食。静かな場所でした。

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往路を戻り、しばらく車道横の歩道を歩いて満昌寺。

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源頼朝が三浦大介義明追悼のために創建したというお寺。宝物殿は予約が必要ですが、お墓のお参りは特に予約は不要で行く事ができました。

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さらにしばらく歩いて青雲寺。三浦為通、為継、義継の三代の墓がありました。

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しばらく歩き、急な石段で谷状の地形の下へ降りて行きます。

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しばらく進むと満願寺。三浦大介義明の子、佐原十郎義連が平家追討の戦いに参加し、願いが満ちて建立したと伝えられるお寺。

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少し先に進むと熊野神社の表示。先へ進むと石段で登り、さらにその先も崖を石段で登って中腹あたりまで登らされて、ようやく神社がありました。

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先へ進むと岩戸川。夏には蛍が見られるようです。岩戸バス停に出て、再び横須賀中央駅に出て帰りました。

 

滝山城跡と滝山丘陵

百草園だけではもの足らず、八王子に出て、滝山丘陵へ。

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京王八王子駅からのバスを滝山城跡下で下車します。前はこんな石碑なかったような。

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フサザクラがよく咲いていました。

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いかにもな道を登っていきます。

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登り着いた所で左に折れて、以前に来た時に行かなかった山の神曲輪に向かいます。

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かなり雰囲気のある道。

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小宮曲輪枡形虎口という狭い通路がありました。

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行き止まりの山の神曲輪。民衆の避難場所だった場所のようです。

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戻って小宮曲輪に入ってみたら、怪しい道を辿ってしまい、なんかずっと怪しい道を進んでしまいました。

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なんとか戻れたので本丸跡に向かいますが、途中には広い千畳敷。

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見覚えのある中の丸。

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奥からは多摩川などを眺められました。

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本丸跡には霞神社。

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戻って下ると橋の下を通ります。

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このあたりは行き止まりの曲輪。

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そろそろ丘陵を先へ進んでいきます。明るい良い雰囲気。

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このあたりまで来るともう城跡は抜けて丘陵コース。

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もう雲がやってきてしまって日が陰りました。宇津木台まで歩いてバスで日野駅に出ました。

 

白河小峰城

帰りはもちろんお城を見学。

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良い天気ということもあって、お城も映えますね。

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桜の木でしょうか。結構な巨木。

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しっかり積まれた石垣。東日本大震災でかなり崩れてしまったものを復元したそうです。

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大きな段差のある石段。

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表門の前御門。

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中に入ると本丸御殿跡。

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やっぱり大きな桜らしき木。

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烏峠よりも近いので、那須連峰がひと際大きく見えました。

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三重櫓は無料で入れました。外へ出ると近くにある桜はおとめ桜。石垣が崩れるために人柱とされてしまった「おとめ」を哀れんで植えられたものだそうです。

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桜之門跡を下ります。

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しっかり堀もありました。

小峰城歴史館も入って見学し、白河駅に戻り、新白河駅で白河ラーメン食べて帰りました。

 

真壁城跡

バスまで一時間待ちだったので、20分ほど歩いて真壁城跡へ。

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体育館の横に真壁城跡の碑が立っており、このあたりが本丸跡のようです。永禄年間(1558~1570)頃に築城されたと推定されているそうです。

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先にはこの日歩いた山々を見渡すことができました。

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鳥居がいくつもあった正一位子育稲荷神社がありました。

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やはり城跡らしい雰囲気が残されていました。

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真壁城跡バス停から帰りました。

 

岩都々古和気神社(石川(三芦)城跡)

宇津峰の後は磐城石川へ。

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磐城石川駅に着きますが、行きたい山に向かうバスが少なく、お昼前まで無いので、ちょっと散歩。

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しばらく歩くと岩都々古和気(いわつつこわけ)神社。シダレザクラがきれいです。

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石段をだいぶ登らされます。しばらく登ると天狗岩や亀石など、たくさんの奇岩が出てきてなかなか楽しいです。

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マルバスミレまで咲いていました。

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石門を通ります。

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天竜桜は桜にしては随分高い木。
そのせいかお花はだいぶ高い所にあって、すごいきれいとは言えませんが、控えめな桜もまた良い感じでした。

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本殿でお参り。

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裏手に行くとこれまた小さな社が並んでいて、奥には剣石。

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右手に行くと小屋掛けされた中に木が。高野槙とありましたが、枯れたのか切られていますね。

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でも奥にある木が高い感じ。下には石川城跡という石碑がありました。

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たくさんのお花が植えられていました。奥は土塁のようでした。

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青空の日は本当に桜がきれい。

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ピンクの桜もまた良い感じ。

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裏手に降りていくと鏡岩。
パワースポットと書かれていたので願い事をお祈りしましたが、成就するかなぁ?(^^;

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のんびり戻って終了。狛犬が怖いです。。。

 

河村城跡へ

関東は天気が悪いけど、その中で神奈川県はなぜか天気が良い予報、なので出かけました。

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山北駅で下車して歩き出し。でも、やっぱり天気あまり良くないみたいです。

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さくらの湯の先には鉄道公園があります。D52が静的保存されています。

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しばらく道路を歩いてセラピーロードの入口。

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ちょっと集落が見えたけど、天気悪いですね。

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簡易舗装の道から道標を見て曲がると山道。

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しばらく進むと北郭。

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先へ進んで西郭の表示と左には掘割を見て進み、洒水の滝方面への道が分かれます。

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馬出郭の先へ行けば、本城郭に出ますが、ちょっと草が多いです。

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先には大きな城跡碑と神社と思われるものがありました。

案内板によると河村城は、平安時代末期に河村秀高によって築かれたと伝えられているそうな。
また、正平七~八年(1352~1353)に新田義典、脇屋義治らとともに籠城したそうな。

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橋を渡ると蔵郭に出ます。建物の跡があったそうで、穀物を貯蔵した蔵があったのではないかということです。

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さらに先には大きな堀切。結構高さがあります。

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その先は広い大庭郭に出ます。展望台の入口はヤブになっていましたが、踏み跡があったので登ってみました。
実際はもう少し明るかったのですが、写真写りがあまりよくありませんでした。

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遠くには海も見ることができました。

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久しぶりにヘクソカズラを見ました。

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先へ進んで右の道を下り、岸の集落に向かいます。酒匂川を眼下に望むことができました。

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岸の集落に出て、信号を右に進み、酒匂川に出ると文明西堤の表示。
酒匂川は暴れ川で洪水が多く、田中丘隅という人が土手を作って治水に貢献したようです。

 
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総合運動公園のトイレに立ち寄って一休みしました。

続く。

 

八王子城山へ

一ヶ月遅れのこのblogも、だいぶ巻き戻ってきましたが、10/6は八王子城跡へ。

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「霊園前」バス停は名称が変わって、「霊園前・八王子城跡入口」となりましたので、城跡に向かう人も多くなったのでしょうね。歩いていくと、八王子城跡ガイダンス施設というのができていて、入ってパンフレットなどをもらいました。

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しばらく歩けば、入口。無料のボランティアガイドを頼むこともできるみたいです。

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大手門の跡を見て先へ進むと古道の跡だそうです。

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当時は曳橋があったそうで、攻められた時は壊したということですが、今は観光用の立派な橋です。

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この石垣は当時のものらしいです。

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御主殿跡。広い場所です。

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塀跡など数々の遺構が残されています。

降りると御主殿の滝。小さな滝ですが、悲劇的なスポットです。
写真を撮ってここにも載せようとアップまでしたのですが、写真を見ているといろいろ見えるように思えてしまい、ここに載せるのは止めました。御主殿の滝で検索すれば見られます。

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以前に登ったヤブ道を登ろうかと思ったのですが、この時期はやはりヤブが濃いので止めました。ということで、ごく普通の道を登ります。

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結構きつい道を登ると金子曲輪。大汗かきました。

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ツリフネソウなどが咲いていました。

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八王子神社が近づくと展望が広がります。

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八王子神社。台風のせいで折れた枝がかかり、神社自体もだいぶ古びてきているようです。

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落ちた枝などを踏みながら松木曲輪。ここからの展望は少し木が邪魔ですね。

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道が見えないくらいに枝や葉などが落ちているので、結構大変でしたが、小宮曲輪。

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しばらく下り、松竹方面への踏み跡に入ります。

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途中の368m。心源院へは手製の道標があって問題なさそうです。

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ヤブ道に入って北条氏照のお墓に向かいましたが、一本隣の尾根を下ってしまったようです。お蔭でヤブだらけ、でも、なんとか降りられたので良かったです。

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さすがにお墓の写真をアップする気にはならないので、案内板だけ。氏照と家臣のお墓のようです。

霊園前のバス停に戻り、歩き足りなかったので高尾駅まで歩きました。

権現山城と小机城

9/2は城跡巡りへ。

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滅多に乗ったことのない横浜線の東神奈川駅が歩き出し。

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駅からわずかで熊野神社にまずはお参り。
権現山の山頂にあったものが合戦で焼失したので、ここに再建したそうな。

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裏手にはイチョウのご神木。でも、半分焼けています。戦火で焼けてしまったけど、今でもギンナンが実るそうな。

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暑い日差しの中、歩いていくと権現山城に着きます。今は幸ヶ谷公園になっています。

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猫が椅子の上でのんびり日向ぼっこ中でした。

近くには「権現山合戦の跡」という古い看板があり、それによると安政年間にお台場作りの埋め立て用土に削られて低くなったそうな。

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近くには洲崎大神という大きな神社があったのでお参り。

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少し歩いて京急線の神奈川駅の先へ行くと本覚寺があります。山門前にはアメリカ領事館跡の碑があります。港が見える高台で見渡すことができる場所だったせいで接収されたそうです。権現山城がよく見えました。

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東神奈川駅に戻り、電車で移動して小机駅で下車します。しばらく歩くと小机城跡。市民の森として整備されています。

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鬱蒼とした竹林。人の気配があまりないのは、ちょっと雰囲気が暗いせいもあるかも。
でも、やはり城跡はあまり明るいものより、こんな感じの方が合っているのかも。

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しっかり空堀などの遺稿も残っています。

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本丸跡へ入る所には門が立っています。

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二の丸跡。

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井楼跡などを見て、先へ行き、第三京浜の下を通って富士塚へ。郭跡に出ると冬場ならば富士が見えたりするそうですが、この日は丹沢らしき山が見えたくらいでした。

小机駅に戻り、短い城跡巡りを終えました。

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